人間関係はまず挨拶から
僕は今、とても深刻な問題を抱えている。
それは、子供と上手く接することができないということだ。
僕は男2人兄弟の次男。
そして兄には娘が2人いる。
5歳と0歳だ。
つまり僕には姪っ子がいて、彼女たちにとって僕は叔父さんなのだ。
年末年始やお盆などは親戚同士で集まる感じの家柄で、その際姪っ子たちとも会うのだが、上手く接することができない。
この前の正月もそうだ。
上の姪っ子が「そうすけおじちゃん、こんにちは」と手を振って笑顔で挨拶してきた。
僕は苦笑いをしながら、軽く会釈した。
上の姪っ子は呆然とした後、兄のもとへ駆け寄って行って、服の袖を掴みながら僕の方を見て「ごめんなさい」と言った。
戸惑わせてしまったのだ。
僕はたまらずトイレに逃げ込んだ。
本来ならば、優しく「あかねちゃん、こんにちは」というべきなのだろう。
しかしできなかった。
周りの大人たちが子供と喋る時にだけするようなあの柔らかい感じの喋り方で、子供と話すことがこんなにも難しいものだなんて、こんなにも恥ずかしいものだなんて思わなかった。
姪っ子に挨拶をされて苦笑いしながら会釈することしかできなかった自分のぎこちない表情のイメージと、姪っ子の「ごめんなさい」という言葉が交互に何度も頭の中で繰り返される。
トイレの電気もつけず、ズボンも下ろさず、便器に座って、僕はただずっと虚空を見つめていた。
気がつくと僕は、トイレの中で、小声で「あかねちゃん、こんにちは」と何度も唱えていた。
僕は無意識に子供に挨拶をする練習をしていたのだ。
過去の失敗を妄想の中で取り返すかのように。
未来への不安を妄想の中で打ち消すかのように。
すると、トイレのドアが開いた。
母親だ。
母親は「入ってたの。電気もつけず鍵もかけず何してんのよアンタ」と言った。
僕は「っるせえクソババア。なんもしてねーよ。トイレにいんだからトイレに決まってんだろが。入る時はノックくらいしろやカス。常識ないんか。消えろ」と言った。
僕はキレた。
必要以上にキレた。
母親はなぜそんなにも怒るのか尋ねてきたが答えなかった。
「キレてねーよ」とだけ言った。
その一方で、僕は母親に、何か言葉が聞こえなかったかしつこく尋ねた。
姪っ子に挨拶をする練習をしていたことがバレてないか確認するためだ。
母親は「頭おかしいわ。あの子、また精神薬を飲んだ方がいいかも」と言いながらトイレから離れて行った。
そんな深刻な過去を抱えた状態で、僕はつい先日、姪っ子たちと再びあった。
上の姪っ子が誕生日で、実家に来ていて、その日たまたま僕も実家に帰ることになっていたのだ。
実家に着くと、上の姪っ子はもうすでにいて、僕に駆け寄ってきた。
僕は自分の心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
プレッシャーによる胃袋の痛みは下半身にまで伝わって金玉袋まで痛くなるのを感じた。
でも大丈夫。
今度は上手くやれる。
僕ならできる。僕ならできる。
そして、駆け寄ってきた姪っ子はこう言った。
「そうすけおじちゃん、そうすけおじちゃん、ほけんって何?」と。
ええっと思った。質問かよっと思った。
会っていきなりされるのが挨拶じゃないなんて聞いてない。
会っていきなりされるのが質問だなんて聞いてない。
会っていきなりされる質問の内容が突飛なものだなんて聞いてない。
さすがにいろいろと僕にはまだ早い。
僕は苦笑いしながら、軽く会釈した。
そして、たまらずトイレに逃げ込んだ。
僕はまたトイレの中で、姪っ子と話す練習をした。
「あかねちゃん、ほけんっていうのはね、こういう時のために入っておいた方がいいものだよー」と。
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