安い、早い、上手い補聴器フィッティングのためのインサートイヤホン聴力測定#052
前号(#051)では、僕の規定選択法に関する質問について、中川さんから回答をいただきました。クライアント情報に基づいた処方式の具体的な選び方は、補聴器店でも、そのまま使える内容でした。これから参考にさせていただきます。
処方式が決まったら、あとは”どんな補聴器を選んだとしても”目標利得に合わせるよう実耳でフィッティングしていけばよいわけです。
しかし僕の未熟が原因かも知れませんが、処方式を揃えた実耳フィッティングしようとしても、メーカーごと・器種ごとに音の個性があり、そもそも処方式通りの音作りが難しいケースがあります。
某メーカーはダイナミックレンジが狭いと難しくなったり、某メーカーは50dBターゲット利得が大きいときにシェルクオリティとハウリングリスクの面で難しくなったり、また別のメーカーはそもそも50dB利得をアンプの制約?で上げづらかったり、チャンネル数が同じでもメーカーによって微調整しやすい周波数が違ったりetc
もしもメーカーの担当者が許してくれるなら、一人のクライアントに耳穴型補聴器を色々と作ってみて、シェルクオリティも含めて処方式の再現度ガチンコ対決なんて出来るといいなー、などと考えております。
いずれ補聴器メーカーごとの実耳フィッティングしたときの特徴は、来年の補聴器ハンドブック勉強会で皆さんと議論できたら楽しいですね。
さて今回は #050 の続編になります。#050 では、大塚の補聴器店作りの苦労と改善のヒストリーをご紹介させていただきました。
地獄の沙汰も金次第というわけではありませんが、お金をかければ最高の設備・最高の防音室・最高の環境を整えることはできます。
しかし設備投資にお金をかけると、当然のことながら、それに見合った収益・利益が必要になります。つまり高額な補聴器を、短期間に、たくさん販売するということです。
お客様の人数にもよりますが、過剰な売上目標が設定されると、お客様の聴力、ご予算、ご要望に合った補聴器の提案は難しくなってしまいます。
お店を作るときの設備投資の考え方「償還財源」
今回、記事の前半は、これから補聴器店を作ろうと志している方向けに書いていますので、お金の話にもう少しだけお付き合いください。
実際の設備と聴力の話は記事後半に書いてありますので、開業に興味ない方は読み飛ばして下さい。
企業経営もしくは個人事業として独立して事業を始める時には、通常、金融機関からお金を借りて、そのお金でお店を作り設備を購入します。
融資を受けようと金融機関に相談すると、彼らは必ず事業計画書の提出を求めてきます。
金融機関は事業計画書の内容を見て、妥当そうならお金を貸してくれます。貯金額や職歴などで個人評価もされますが、事業計画書の中に書かれている数字が、どれほど真剣に作られているかはプロが見ればすぐ分かるのです。
この時、借入金を返済するペースがどれくらいか、借入金を返す力がどれくらいあるかを見るのが「償還財源」です。
会計の話になりますが、売上から仕入を引いて、減価償却費以外の経費を引いて、経営者の報酬を引いて、税金を引いて、最後に残った現預金だけが返済に使えるお金です。このお金のことを償還財源といいます。
さて金融機関は、これから独立して補聴器店を作ろうとするとき、いくら貸してくれるでしょうか。大雑把にいうと、金融機関は償還財源5年分くらいまでは貸してくれます。
簡単に計算してみましょう。
まずオープン1年目から5年目まで平均して、新規客が年間120人いらっしゃったとします。
そのうち60人の方が、平均40万円で補聴器を買ってくれたとします。
独立直後に既存のお客様による買い替えはありませんから、当初5年間の平均年間売上は24,000,000円です。
補聴器専門店は、アシスタントや事務員含めて、一人あたりの平均月商が150万を超えると安定すると言われています。売上だけ見ると、一人で年間24,000,000円も販売しているなら、十分な数字に見えるかも知れません。
ここからは売上から利益を算出するために、色々なコストについて考えてみます。
まず仕入が仮に45%とすると、売上総損益13,200,000円(粗利益とも言います)になります。
そして家賃と水道光熱費が月間200,000円、広告宣伝費も月平均200,000円とすると、年間の経費は4,800,000円です。
ここまでで、残りの利益は年間8,400,000円になります。
最後に人件費ですが、仮に自分の額面の年収を4,500,000円として、アルバイトさんも社員も無しで、完全に一人で営業したと仮定します。
それでも会社に残る営業利益は3,900,000円です。
上記のような想定だと、金融機関が貸してくれる金額は、3,900,000円×5年分として、最高で19,500,000円だろうと思います。
もし、これでお店作り、防音室作り、検査機器などの設備に15,000,000円投資すると、残りは4,500,000円です。自分の年収分ほどしかありません。
開業直後は地域での知名度がないでしょうから、よほど特別な方策がなければ広告宣伝費を使い続けながら補聴器外来に入ることになるでしょう。
「外来に来てる間に、お店に飛び込みの新規が来て、お客さん逃していないかな・・・」などと心配したりするわけです。
あんまり心配になって、手元の通帳に4,500,000円しかない状況で、さらにお金をかけて受付事務のバイトを採用してみて、今度は自分の目が届かないところで、どんな接客しているかがまた気になってきたりするわけです。
開業当初、通帳の運転資金がどんどん減っていくのを見るのは、あまりハッピーな状況ではありません。
こういった状況を避けるためには、最初はとにかく防音室にお金をかけなければいいのです。
防音室を真面目に作らずに、精度の高い聴力検査
ここからが今日の本題です。
前回の記事でご紹介したような高性能防音室を作ると、お金がかかります。1店舗作るのに少なくとも15,000,000円以上が必要です。
防音室の性能にこだわらなければ、独立直後の設備投資はずっと抑えられます。上手くいけば5,000,000円ほどは節約できるでしょう。
さらに防音室へのこだわりが減れば、店舗用の賃貸物件の選択肢がずっと増えるので、月々の家賃が減らせる可能性も高まります。
どうにかして、低スペックな防音室で、精度の高い聴力検査が出来ないものでしょうか?
聴力測定の精度を上げ、補聴器フィッティングの精度UPにもつながり、防音室のコストを減らせる方法。
それがインサートイヤホンによる聴力測定です。
日本では普及していませんが、インサートイヤホンによる聴力検査には、ヘッドホンによる聴力測定と比べて、非常に多くのメリットがあるのです。
検査室にいくらかのノイズがあっても大丈夫!
インサートイヤホンの先端に取り付けて使うウレタンフォーム、実は見かけには信じられないほど音をさえぎってくれるのです。
スペックとしては、一般的なヘッドホンと比べて、防音室づくりにおいて遮音が難しい低周波数帯で30dBを超える遮音が可能です。
前回の記事で、防音室に求められる性能について、室内の”騒音ノイズは50dB(A)以下であること”と定められているとご紹介しました。これは通常のヘッドホンを使うことを想定しているものです。
極端な話になりますが、インサートイヤホンを正しく使えば、室内の騒音ノイズは、ピーク周波数が2000Hzなら65dB(A)ほど、500Hzなら85dB(A)であっても、ヘッドホンと同じ精度で測定できることを意味しているのです。
数値で説明しても分かりづらいので、実際に聴力を測定した結果を比べてみましょう。
下に3つのグラフを紹介します。3つとも、同じ一人の健聴者を対象に5dBステップで聴力を測定したものです。
一枚目は、高性能な防音室でヘッドホンを使いました。
二枚目は、防音室のドアを開けてノイズが入る状態でのヘッドホンによる測定。
三枚目は、防音室のドアを開けてノイズが入る状態で、インサートイヤホンを使いました。
上の二つのグラフを比べると、同じ被検者なのに、防音室のドアを開けて測定した方が聴覚閾値が上昇していることが分かります。
補聴器フィッティングでは、オージオグラムの精度がとても重要ですから、ヘッドホンで聴力を測定するなら、やはり高性能な防音室は必須です。
次にドアを開けたまま、インサートイヤホンで測定したオージオグラムを見てみましょう。
②ドア開放状態のヘッドホンによる測定結果と③インサートイヤホンの測定結果。この二つを比べると、すべての周波数で、インサートイヤホンの聴覚閾値が低下しています。
これはノイズの影響による測定エラーが減ったことを意味しています。
もし測定エラーを含む②のオージオグラムを使って補聴器をフィッティングしようとすると、処方式は過剰に大きな目標利得を算出してしまいます。
今度は精度が高いはずの2つのオージオグラムを比べてみましょう。①ドア閉鎖、ヘッドホンで正常に測定できたオージオグラムと、③ドア開放、インサートイヤホンによる測定結果にはどんな違いがあるでしょう。
なんと2000Hz以下においてはほぼ同じ結果になりました。
つまり防音室の性能が十分でなくても、もしくは防音室の中で多少のノイズが発生していても、インサートイヤホンとウレタンフォームを使って聴力を検査すれば、十分に高い精度のオージオグラムがえられるのです。
どっちの測定結果が正しいの?
先の①と③のグラフを比べて「いやいやちょっと待ってよ。低域の精度が高いことは分かったけど、3000Hz以上の高周波数帯では、聴覚閾値が違うよ?」と気づいた方もいるかと思います。
さて、この二つのオージオグラムが両方あるとき、どっちの聴力が正しいのでしょうか?
補聴器フィッティングでは、この二つをどう使い分けるべきでしょうか?
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