初彼氏の味。#なんのはなしですか。
カルピスのキャッチコピーが、『 初恋の味 』であることを ご存知だろうか。
1920( 大正 9 )年、三島海雲の文学寮時代の後輩である驪城卓爾が
『 甘くて酸っぱいカルピスは、初恋の味だ。 これで売り出しなさい 』
と提案したことがきっかけらしい。
以来 私は、カルピスを飲む度、幼い頃に感じた甘酸っぱい 彼に、ぼんやりと思いを馳せていた。
初恋の味が、カルピスならば…
初めての彼氏は、さしずめ、カルピスソーダというところか。
帰省に合わせて行われた、同窓会。
彼と再会するのは、中学を卒業して以来だから…
もう、五年ぶりになる。
一年生の夏休みが明けてから、卒業するまでの二年半付き合った、初めての彼氏。
そういえば当時も格好良かったから、大人になった彼は、どんなにか素敵になっているだろう。等と、絶賛フリーの私は、淡い想いに逸る胸を抑え、新調した服に身を包み いそいそと会場に向かった。
「 久しぶりー! 」
「 え、久しぶり!
ねぇ、全然変わってないんだけど 」
幼馴染とは不思議なもので、どれだけ空白があろうとも、再会した途端、読みかけの本を開いたように いつでもあの頃に戻る。
「 今、なにしてるの? 」
「 大学で…まあそれなりに 」
「 彼氏は? 」
「 サークルもバイトも、マジで出会いなくてさー
そういう 雫は、どうなの? 」
「 私は、バイト先の先輩と…もう一年になるかな 」
女性の近況報告は、通例の準備運動といってもいいだろう。
久しぶりに見た顔に、思い出と面影を重ね合わせて、話に花が咲く。
暫くすると、友人は、視線の先に誰かを見つけたようだ。
「 あ!長谷川君! 」
その名前を聞いて、私の胸は一気に高鳴った。
スポーツマンなのに聡明で、可愛い顔をした爽やかイケメンは、文武両道を絵に書いたような、誰もが認める人気者だった。
加えて、たまのデートで着てくる私服が 凄くお洒落なこともあり、自ずと期待は高まる。
「 おっ!雫… 」
友人の呼び掛けに返ってきた、甘く優しい この声は、紛れもなく彼だ。
脈打つ鼓動を踊らせ、声のする方へ振り返った先には…
なんというか…当時の見る影もない、中肉中背の冴えない男性が手を挙げていた。
「 え…長谷川君? 」
いけない、動揺が 顔に出てしまっただろうか。
罪悪感を抱えつつ、必死に言い訳をする。
確かに、希望的観測バイアスで突っ走った 私が悪い。
開けてはいけない、パンドラの箱だったのだ。
でも、昨晩はスキンケアに余念が無かったし、今日の服は高かったし、先週末は美容室にだって行ったのに…
もう、一切合切を返して欲しい気すらした。
初恋は、成就し得ないからこそ、いつまでも甘酸っぱくて美味しい。
しかし、終わった恋は、時間の経過に比例して、まるで 気が抜けたソーダのように飲めたものではなかった。
私の 激しい落胆を知る由もない友人は、ものみ高く囃し立てる。
「 そういえば あんた達、付き合ってたよね!? 」
は?
…なんのはなしですか。
無かったことにしたい関係と、無かったことにしたい期待とを、『 なんのはなしですか 』で惚けてみました。
『 なんのはなしですか 』で括れば、身勝手な想いも 許される、万能タグですね。