氷河期世代が老害になる日
氷河期世代サラリーマンの歪んだ自己責任論
私は40代初めだが正社員という立場とはほぼ無縁で生きてきた。正規雇用は通算で二年弱しかない。
自然と周囲も自営業者や無職という立場の人間が多くなる。
たまに同世代のサラリーマンと接すると驚くのが下の二点だ。
①氷河期世代であることを未だに嘆く
②下の世代に手厳しい
「氷河期で就職が本当に大変だった」
「今は売り手市場なのに」
「奨学金が払えなくて破綻なんて自己責任だ」
よく彼らが口にする言葉だ。
最初の二つは事実だが、三つ目の『自己責任論』には驚いてしまう。
いやお前ら大学費用全部親持ちだろーが!!と突っ込みたい。
その歪んだ自己責任論を口にする人ほど、大学費用の高騰も、(自分を含む)世帯収入の減少も認識出来ていないし、しようともしない。
私が高校生の時に心底嫌っていた、
想像力のないおじさんおばさんに同世代がなりつつあるのだ。
メディアが氷河期世代の苦しみだけに注目しすぎではないか
私は就活も就職もほとんどしていないので、彼らの苦労がよく分からない。
しかしメディアの報道は偏りがあると感じる。
まるで氷河期世代だけが例外的に貧乏くじを引いたかのような論調が多いからだ。
それで本人たちも必要以上に自己憐憫に陥り、上の世代も下の世代も羨むことになってしまっているのではないか。
20年前のフリーターは、今の新入社員より遙か豊かに暮らしていた
私は下の世代に対して気の毒で申し訳ないと思っている。社会が急激に貧しくなっている影響をもろに食らっているからだ。
奨学金問題が代表的な例で、前回書いた通りだ。
そして売り手市場とされる昨今の就職状況も全く羨ましくない。
初任給が安すぎるからだ。
今の初任給平均21万は、20年前の15万以下の経済力にしかならない。
20年前のフリーターは居酒屋などのサービス業や短期バイトでも月20万円は稼げた。
円高で海外旅行も簡単に行け楽しめた。海外の物価は、ヨーロッパやアメリカなど先進国でも日本に比べて安かった。
「外こもり(日本で短期バイトして主にアジアで一年のほとんどを過ごす)」という語も生まれたが、それは世界的に日本が豊かだった証拠でもある。
20代のフリーターでも、都会で一人暮らしできたり長期の海外旅行に行けたりするほど豊かな時代だったのだ。
私は下の世代より、氷河期と呼ばれる自分の世代の方がずっと楽だと思う。
下の世代は、学校や会社の言う通りにサラリーマンをやっても旨みはない。氷河期世代以上にない。
だから世間体や体裁など気にせず、好きに生きた方がいいと思う。世間に感謝するのは最低限でよいし、出来ないならしなくていい。両親とか好きな大人にだけすればいい。
話が飛んだが、
20年会社の中にいる人と外にいる人で、全く違う世界観を持つことになるのだ。
老害ではなく老人をなりたい
会社社会に居続け老害になる氷河期世代は面倒臭そうだ。
「氷河期世代で割りを食った」「奨学金は自己責任」を若い人に言い続けるのだろう。
しかし私も自分より若い人に色々言ってしまう。
「昔はポッキーの量が今の倍だった。YouTubeで昔のCM見てみて!」
「私が大学生のときに奨学金なんて聞いたことないよ」
「マックのハンバーガーが一個50円で買えたんだよ」
「90年代は高校生がブランドバッグを持って練り歩いてたのに」
などなど。なので『昔はよかったおばさん』に思われるかも知れない。
私は「昔がよかった」ではなく、「昔がいかに経済的に豊かで急激に貧しくなったか」を伝えたいのだ。そしてそれは老人の兆候でもある。
私の祖父母が
「戦後は何も無くてカエルを食べてしのいだんだよ」
「卵なんて贅沢品で食べられなかったの」
「渋谷なんか何もない田舎だったんだよ」
と言い続け、もう要らないといってもあれこれ私に食べさせようとした気持ちが少しずつ分かってきた。
彼らは「昔は大変で自分たちは苦労ばかりした」ではなく、「昔がいかに貧乏で急激に豊かになったのか」を伝えようとしていたのだ。
体験を伝承しようとしていたのだ。
老害にはならず、老人になるよう気をつけたいと思う。