おっさんだけど、仕事辞めて北海道でチャリ旅するよ\(^o^)/ Vol,40 ご馳走
2024 0831 Sat
昔の人は言いました。
「タダより高いモノはない」
諺というのは、人類が長い時間をかけて語り継いできたの知恵の結晶です。簡潔で覚えやすく、言い得て妙。若い時分には納得できなかったことでも、年齢を経て物事の分別がつくようになると、はたと気付かされる。
「そんなわけあるかい。…ホンマや!」
を地でいく、奥深いものです。
多様性が叫ばれる昨今。実は、と言うよりも当たり前ですが、そのずっとずっと以前から、人間は多様です。そしてその多様な人間に対応すべく、まったく正反対の意味を持つことわざも多数存在します。
“善は急げ → 急がば回れ”
みたいなやつですな。
さて、僭越ながらわたしも言わせていただきます。
「タダ飯より旨いものはない」
もっと上品に言い換えると、こんな感じでしょうか。
「ご馳走していただくことほど嬉しいことはない」
非常に喜ばしいことなのですが、わたしはよく人にご馳走していただきます。若い頃は
「マジっスか! いただきます!」
でよかったのですが、自分でも驚くことに、この歳になってもまだご馳走していただく機会が多々あるのです。アジアでも、特にパミールハイウェイでめちゃくちゃご馳走になりました。最高記録で、朝・朝・昼・夜とご馳走していただきました。そして今回の北海道でも…。
お呼ばれする度に、満面の笑みでもって、わたしはこう言います。
「マジっスか! いただきます!」
こうやって書き出してみて改めて気付いたのですが、若い頃と同じことを言っているのですね、わたしは…。
早朝5時少し前に目覚めてトイレに立ったわたしは、いまにも降り出しそうな空を見上げて思いました。
“…これ、いまのうちやな”
あくまでわたしの体感ですが、昨日のこのあたりの気温は35度を優に超えていました。
阿寒湖以来ですから、1か月以上振りですね。久しぶりに暑さで気が狂いそうになりながら、霧立峠を上り…。全身汗まみれは当然。ハンドルを持つ手は滑るわ、クロックスの中まで汗でぐちゃぐちゃでペダルに力が伝わらないわ…。道路脇に流れるドブの水で手足の汗を流しつつ、這う這うの体で峠をクリア。ほぼ下り切った峠道の脇に小川を見つけ、迷わずそのまま入渓。素っ裸になりたい欲求をかろうじて抑え、局部をのぞくほぼすべての身体の部位に水を浴び、汗を流して身体を冷やしました。
そこからすぐの、なにもない場所にホントにぽつんと一軒だけある蕎麦屋は、流石の旨さ。
“…やるじゃねえか、幌加内”
ほとんど知られていないことですが、…というか、単にわたしが知らなかっただけかもしれませんが、幌加内って蕎麦の作付面積が日本一なんですってね。どうりで旨いはずだぜ、幌加内そば。
気を良くして臨んだ朱鞠内湖キャンプ場の受付で、わたしは落胆してしまいます。
「ってことは、このあたりに山岳渓流はない、と…」
「…そうですね。湖での釣りがメインになりますから」
「ウェーダー履いてデカめのトラウト狙いってやつですかね?」
「そう、そんな感じです。イトウとか…」
「えっ? イトウの釣り場なんですか?」
「イトウ狙いの釣り人が多いですね」
よく調べなかったわたしが悪いのですが、朱鞠内湖はイトウ釣りのメッカらしいのですね。源流志向で岩魚およびオショロコマ狙いのわたしは、イトウを釣るようなタックルも、万が一の可能性に賭けて竿を振り続ける気力も持ち合わせていません。
とりあえずシャワーを浴び、テントを張り、そしてスマホをチェックして、思わずわたしは声を出してしましました。
「マジかよ!?」
明日は早朝から雨。しかも本降りが夕方まで続くらしいのです、Yahoo! 天気によると…。
“いやいや、曇りちゃうんかい!”
もちろんわたしだって知っています。天気は刻一刻と変わり、それにともなって天気予報だって刻々と変わることを…。そして、わたしは渓流釣り師です。自然に勝てるわけがないし、天気なんてその最たるものですから…。
諦めのよいわたしの選択、それはとりあえず寝ることでした。
“明日、朝起きてから考える”
そして冒頭の “…これ、いまのうちやな” につながるのです。
広大なキャンプ場の隅っこで立ちションし、それから撤収作業開始です。
旅に出て早3か月、撤収作業などお手のものです。ササっと手際よく片付けているのですが、それでも見る間に雨雲は厚みを増し、そして…。まもなく降り出した雨に空を見上げ、わたしは独り言ちました。
“まあまあまあまあ…。…ホンマいまの天気予報はよう当たるわな”
半袖半パンのいつものスタイルに上だけ雨合羽を着こみ、チャリをスタートさせました。山岳渓流がない朱鞠内湖に用はありません。というか、源流志向で大自然が好きなわたしは、基本的にダム系統の湖が好きではないのです。
いくら地形の穏やかな北海道とはいえ、海岸線を離れ内陸部に入ると、それなりの山岳地帯となります。2 by 2、前後4バッグ仕様のチャリは、なかなかの重さです。ギアを一番軽くし、ケツが痛くなると立ち漕ぎなども交えながら…。なだらかな坂道をえっちらおっちら、GTは歩くようなスピードで上っていきます。
雨は霧雨から本降りに変わってきました。しかし、それは望むところです。確かに濡れるのは嫌ですが、昨日のような灼熱地獄とは比べるべくもありません。
「HotなSoul, 強気でGo!」
青木裕子のモノマネで歌いながら、グイグイと坂道を上ります。
朝の道北の森は、静かです。雨は本降りですが、風はありません。昨日はあれだけヘバっていた脚の筋肉が、今朝は噓のように軽やかです。いくら貧脚とはいえ、3か月も毎日チャリを漕いでいれば、それなりの身体になってきます。そうです、自分で言うのもなんですが、わたしだってもう一端のサイクリストなのです。
まもなく峠を越え、そして迎えた下り。サイコー! ではありません。激しさを増した雨は、漕ぐのを止めた身体から容赦なく熱を奪い始めたのです。おまけに雨で濡れたブレーキシューは、充分な制動力を発揮できません。力の限りブレーキを掛けながらも、それなりのスピードでチャリは下りを走り続けます。
身体は冷え切り、遅まきながら手袋を装着するかと考え始めたとき、右手に温泉施設が見えました。迷わずGo! この時間に開いているはずありませんが、雨宿りの場所くらいあるかもしれないと思ったのです。
雨の当たらない場所はそこしかなかったため、正面入り口の自動ドアの真ん前に折り畳みイスを設置して震えていたところ、開店30分前の午前10時半に、従業員の女性が出勤してきました。しかも、
「雨降ってるし冷えるから、なかに入ってください」
とのこと。ありがてえありがてえ。
心も身体も温かくなり、士別市街地へとチャリを進めました。そして、いつも通り「定食屋」でGoogleマップ検索をすると…。幾つかのヒットのうち、旨くて腹が膨れてしかも安い、という限りなくわたしの理想に近い食堂を見つけ出しました。
チャリを漕ぐこと、市街地から5分。道路沿いにポツンとあるその店には、先客が一人。イートイン扱いのような少し狭めの店内なので、とりあえず外からメニューを確認していると…。
「濡れるから、とりあえずなかに入ってよ」
とおばさんが声を掛けてくれました。これでホッと一息つけました。田舎の食堂はGoogleマップがカバーしきれず、営業時間が間違っている場合も少なくないからです。
…なんというかアレですね。話しやすい人って、なにがどうなってそういう雰囲気を醸し出せるのでしょうか? このおばさんもそういうナイスな人らしく、注文するのを忘れそうになるほど、お客のおじさんも交えて話が弾みました。
しかし、気風の良い人というのは、気持ちが良いものですな。
「豚の角煮丼と半かけそばセットで…。かけそばって大盛にできますか?」
「できるけど、800円になっちゃうよ」
いやそりゃそうでしょう。というか、角煮丼と半かけそばセットが600円ってどういうこと? 安すぎでしょう、さすがに…。
北海道の人は旅人慣れしているので、わたしのような風体の者がいきなり現れても動じません。それどころか、ご飯を出してくれたおばさんは、こう言いながらすぐ裏の自宅へと戻っていきました。
「あんた、今日はウチの小屋に泊っていき」
遠慮を知らないわたしはその申し出を有り難く受け、そうしてこれは流石に意味がわからないのですが、昼飯代を払おうとしたわたしに
「いいからいいから」
と料金を受け取らず…。土曜で仕事が休みだったおじさんが小屋に案内してくれ、そんでもってビビるくらいに旨いメロンをご馳走してくれたり…。
夜にはキャンプファイアをしながらおじさんと談笑。本州生まれの本州育ち、敷かれたレールの上を歩いてきたのに足を踏み外したわたしと違い、当時はレールがきっちりとはなかったであろう北海道で逞しく生活してきたおじさんは博識かつタフガイ。いろんな話を伺いながら夜が更けていきました。もちろん夕飯はご馳走していただきました。
「あんたは明日も早いだろうから…」
そう言って家に帰っていくおじさんは、こう付け加えるのを忘れませんでした。
「明日の朝飯と昼の弁当は、うちのが用意するから」
昼、デザート、夜、キャンプファイア、宿泊費、朝、昼と、ご馳走していただきました。わたしが支払った金額は「これくらい払わせてください」と懇願したソフトクリーム代のみ。
いやはや、新記録ですな。