
おっさんだけど、仕事辞めてアジアでブラブラするよ\(^o^)/ Vol, 26 混乱
インド コルカタ 2日目
2023.0629 Thu
幼い頃の記憶です。
それが何歳頃の話か…。小学校には通っていたような気もしますし、そうじゃないような気もします。
わたしは独り、山道を歩いていました。町内の山ですから、大した高さはありません。それでも自分の家から走って15分はかかる場所から登り始めるわけですから、なぜそんな場所を幼い自分が独りで歩いていたのか、いまとなっては疑問が残ります。しかもその山道は、両脇にところどころ肥溜めがあるということで、もし落ちれば糞まみれになって出られなくなるという恐ろしい噂があったのです。
幼いわたしは、そんな山道を独り歩いていました。ただそれだけの思い出です。たぶん午後だっただろうとか、たぶん夏の終わりだっただろうとか、そんなのは後付けの思い出かもしれません。ただ、確かにわたしは、その山道を独りで歩いていたのです。決して夢ではないはずです。

自分は西洋文化にどっぷり漬かった中華圏の人間だったと。
コルカタに着いた翌朝、わたしは早朝6時前にホステルを出ました。昨日から続く混乱、それは未だ続いていました。タイで知り合ったバックパッカーの若き友人に付き合ってもらって、インド製SIMを手に入れることに成功しましたが、それはコルカタの街を5%くらい理解する手助けにしかなりませんでした。
ホステルを出て、勘を頼りに歩き始めました。コルカタの街は思ったよりも朝が早くないようで、マハトマ・ガンディーストリートにクルマ通りはあまりありませんでした。
脚の向くまま細い路地に入ると、白い木綿服の上下に身を包んだ男性たちが大勢歩いていました。ムスリムの男性たちです。そういえば今日はムスリムのお祭りだったな…。そんなことを思い出しながら歩いていると、ムスリムの男性たちは狭い路地のさらに細い一角に入っていきました。 ※1
角を曲がったそこには、はたして、牛が繋がれていました。1頭2頭3頭…、全部で7~8頭はいるでしょうか。そのうちの1頭が奥のほうで前脚を縛られている、そんな場面に出くわしたのです。
後ろ脚を縛られた牛が地面に転がされたときのドスンという低い音、首を思いきり捩じられ、それでも本能で虚空を見上げようとする血走った眼。恐怖にかられた牛が断末魔をあげたとき、わたしは一人のムスリムに合図されました。
「出ていけ」
彼が言葉を発したかさえ覚えていませんが、彼の身振りと表情はそう語っていました。
わたしは一礼をし、その場を後にしました。

それは敬意を表すためであり、無用なトラブルを避けるためでもあります。
そして、探すまでもなく、次の路地でも同じことが繰り広げられていました。
最初はもちろん一番後ろで視ています。すると、必ず誰かが気付いてくれるのです。
「おい、もっと前で視ろよ」
そう言ってくれればしめたものです。一礼をし、わたしは歩を進めます。そうしてじっと視ていると、さらに誰かが声をかけてくれます。
「おい、もっと前で視ろよ」
そうして儀式を間近で視ていると、いろいろなことが視えてきます。
今日というハレの日に牛を殺すということ。それは儀式でありつつも、祭りそのものなのです。男たちはあきらかに興奮していました。壮年の男性が若い男性に指示しながら前、次いで後ろ脚と縛っていき、そして牛を地面に転がします。あちこちで聞こえる男たちがナイフをこすり合わせる金属音。その動作は、なかば本能的にも感じられました。
刃が牛の喉笛を切り裂いたそのとき、見守るムスリムの男性たちが声を上げました。それは畏れというよりも、興奮を抑えきれない低い唸りのような声でした。
スピーカーから流れ続ける祈りの声、牛の喉笛から出るゴボゴボという音、路面に溢れ出す血と、それを洗い流すホースの水。そういったもの、それらが意味することをまったく知らないままに、わたしはムスリムの儀式を視ていました。

儀式の神聖さと祭りの興奮が合わさって、ちょっと写真を撮る雰囲気ではありませんでした。
この写真は、2日目の和やかな雰囲気の中で、許可をいただいて撮影しました。
夢か現か…。
目の前で繰り広げられる光景を情報としても感情としても整理しきれないまま、わたしは儀式を視続けました。
ある路地では追い出され、ある路地では黙認され、ある路地では歓待され…。路地ごとに微妙にルールが異なるのかもしれませんし、時間の経過がムスリムの男たちの気持ちを軟化させたのかもしれません。2階の窓からこっそり儀式を見下ろす女性たちを見たとき、ムスリムの戒律を垣間見たように思いましたが、ある路地では父親に連れられた幼女たちが興味津々で儀式を見守ってもいました。

時間にして2時間くらいでしょうか。
儀式を視続けたわたしは、ホステルに戻りました。ムスリムの居住区を出たとたん、そこにはコルカタの日常が繰り広げられていました。絶え間ない喧騒、止まないクラクション、歩道の端に寝転んでいる人たち、道端のゴミ…。混沌のコルカタ、でもそこには牛の血の匂いだけはありません。
なにがなんだかわからない。
6月30日の時刻は15時過ぎ。ようやく探し当てたエアコンの効いたカフェでこの文章を書いています。コルカタに着いて、3日が経ちました。
なにがなんだかわからない。
本当にわからないのです。皆目、なんにも。
コルカタ。おっさん世代にはカルカッタと言ったほうが通りが良いかもしれません。
最後にもう一度書きます。
なにがなんだかわからない。
※1 犠牲祭というムスリムで2番目に大きい祭りだそうです。

