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10夜連続お題公募エッセイ第三夜「メロンソーダ」

 昔から、メロンソーダという飲み物にちょっとした畏怖心を抱いている。どこか、信用できない。まずもって、あの毒々しい緑色をみて、メロンを連想せよと言うのが、無理がないだろうか。またひと口飲んでみても、やはりその感想はまったく変わらない。どこがメロンなのか。これ、メロ…え?

 しかし、そんなこと思いつきもしないかのように、多くの人がメロンソーダを飲む。私の子供たちも飲む。家の人も飲む。厳密にいえばあれはグリーンソーダというべきではないか。あれは、ただあの圧倒的グリーンでのみ人を魅了する毒々しい飲み物なのだ。だから、なにもメロンを騙らなくても、堂々と「Feel So Green!」とでも謳えばいい。それくらい、あの緑はたしかに多くの人を惹きつけてやまないのだ。

 ところが、である。実際のところ、多くの、いやほとんどの人があれを飲んで「メロン」をみじんも感じないことを不問にしている。かつて友人に「あのメロンソーダとかいう詐欺物件について」と切り出したことがあったが、彼は「そういえばそうだな。まあ美味しいからいいじゃん」みたいなことを言っていた。そう、あの圧倒的グリーンには、人の判断力を鈍らせ、最終的には「まあいいじゃん」でねじ伏せてしまう魔力があるようなのだ。

 たとえば、私がそしらぬ顔で「エドガー・アラン・ポオ・ジュニア」なんて筆名を使って『黒猫の遊歩』を書いていたらどうだろうか。きっとさすがに偽物のレッテルを貼られてしまうことだろう。詐欺だと石を投げつけられるかもしれない。私の場合、ちゃんとポオの作品を作中で扱うという芸当をこなしているにもかかわらず、である。

 対して、メロンソーダはどうだ。まがりなりにも着色料と甘味料(しかもメロン風味ですらない!)だけのなりすましで、堂々と「メロン」を謳ってなおさしたる非難の目を向けられない。これはちょっと不公平ではないか。

 しかし世の中、いくらでもまがい物というのは存在する。よそから見れば見分けのつかないのをいいことに、みずから「本物」と主張する悪質なものだってたくさんある。そういう中にあって、ある種、メロンソーダの騙りっぷりは、堂々としすぎていて、いっそすがすがしささえある。これはどうしたことだ。こんなことを書いているうちに、なぜか私の喉はあの圧倒的グリーンなだけの、甘いよくわからない炭酸水が飲みたくなっているではないか。こんな理不尽があっていいのだろうか。だいいち、40を過ぎた人間にあの毒々しい飲み物はきつい。

 そもそも、偽物であるにもかかわらず、ああもキラキラしたポジションにいかれると、ちょっとした眩暈を起こしてしまいそうになる。またその上にバニラアイスをのせてクリームソーダときた日には、黄色い声援まで飛んできそうだ。何なら、我が黒猫シリーズの黒猫なんぞは喜んで食べていそうな気がする。あいつ、メロンソーダを飲む時は一体どんなことを考えて飲んでいるんだろうか。

 とにかく、とにかく畏怖である。あんな恐ろしいものはない。あんな白昼堂々と嘘をついて脚光を浴びられるやつが、誰にも通報されないのだ。

 しかし、一方ではこうも思ったりする。いっそ偽物になるなら、あれくらいブリリアントでありたいものだ、と。

 偽物といえば、わざとらしい話題転換であるが、明日(というかもう今日か)10月7日に『偽恋愛小説家、最後の嘘』が発売となる。このシリーズを始めたもともとの着想は、ある晩にみた夢だった。どこかに嘘くさい男がいて、じつはそいつは偽物の作家なのだが、誰もそのことに気付かずうっとりした目線を向けている。何しろ彼はロマンティックな恋愛小説を書くからで……といったところで目覚め、唐突に「偽恋愛小説家」というタイトルが浮かんだ。月9にでもなりそうなタイトルだな、とぼんやり思っていたが、打ち合わせでいいアイデアはないかと問われた際に、「偽恋愛小説家」というのがあるんですよ、と口から出まかせで言ってしまった。まさか編集氏がそれに飛びつくなんて思いもしなかった。こうして、私のほんの気まぐれによって、「偽恋愛小説」は、そのコンテンツを創造する必要に迫られた。

 こんなタイトルを思いついたのも、煎じ詰めれば、結局私自身がどこかで自分をまがいものと思っているから、というのはある。何しろ、ずいぶん大昔に気まぐれに書いたたった一度の連作ミステリがフロッピーディスクに眠っていて、それを送ったら急にミステリ作家になってしまった。その頃にはミステリをすっかり読まなくなっていたから焦ったなんてものではない。ミステリの世界に、ミステリ果汁0の「メロン」がやってきたようなものだ。

 しかも、探偵と助手を恋愛関係に発展させるという禁じ手をデビュー作からすでにやっている。いやまったく、〈偽探偵小説家〉と陰口を叩かれても言い訳できないレベルの悪行には違いない。さらに、この探偵と助手の恋愛の発展具合がまた語るも呆れるレベルのそれで、読者などは読み終えるともはや謎も推理もどうでもよく二人の恋愛のあれこれについてしか話してくれないときている。おいおまえ、それでよくミステリ作家を名乗れるな? というか、おまえよくそれでメロンソーダを罵れたな?

 ええ、まったく。私にはメロンソーダを罵る資格はない。ただ、私としてはメロンソーダみたいに堂々と「そうだよ、俺は偽物だよ」と胸を張る気まではないので、そこのところでメロンソーダの度胸に何というか、やはり畏怖心を抱くのである。それに、何とも素敵なグリーンじゃないか。

 ある意味で、〈偽恋愛小説家〉シリーズは、私が少しでも〈メロンソーダ〉的に堂々と、キラキラと、毒々しくしてみよう、と試してみた作品、ともいえるかもしれない。そして、今度の新作は、その〈最後の〉実験になる。

 内容はもうアマゾンさんなどでたっぷりとお読みいただけるので、そちらを見ていただき、とにかく書店さんへ全力疾走していただきたい。なお、今回は私のサイン本と夢センセの登場する特典小説が当たる企画があるようなので、ぜひこちらのサイトも覗いていただきたい。

 と、宣伝が唐突に入ってしまったが、そう、今夜のエッセイも何を隠そう、〈メロンソーダ〉のごとく、エッセイと言いつつ似非エッセイであるというトリッキーな構成だったのである。まったく、世の中まがいものが多すぎる。そう思いませんか?

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 新刊『偽恋愛小説家、最後の嘘』いよいよ発売!

「雪の女王」を題材に、真夏の凍死体、幻の遺稿争奪戦といった事象に夢宮宇多が巻き込まれる超エンタメミステリ長編です。どうぞよろしく。

 なおこのお題公募エッセイはあと7日続きます。
タイトルもまだまだ募集中ですので(すでにご応募いただいた中からももちろん選ばせていただく予定です)、引き続き、#森晶麿エッセイタイトル、と付けて投稿してください。たくさんのご応募お待ちしております。
 

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