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10夜連続お題公募エッセイ最終夜「ひるごはん」

 こんな仕事は朝飯前だ、という慣用表現を信じているわけではないが、なるべく朝飯は質素にしている。そうすることで、午前中の仕事がスムーズに=朝飯前に、いくような気がしている。まあ満腹中枢をやられてしまっては、人間はそれ以前の意志が無効化されるところがあるので、これはこれで理が通っている。

 ところがそうすると、昼ごはんをしっかり食べたくなる。これは罠だ。昼の後だって、仕事をしなければならない。ところが、昼ごはんには、「シエスタ」の至高の四文字がついてまわる。この誘惑にはなかなか打ち勝てない。

「午前中、おまえはよくがんばったよ。たしょうTwitterを眺めている時間が長かったとはいえ、おまえにしては本当によくがんばった。どうだ、昼ごはんをたらふく食べて、その後は少しばかりの午睡を」

 この甘言に乗るべきではない。なぜなら、私の午睡が「ほんのちょっと」で済むわけがないことは経験上わかっているからだ。だから、昼ごはんは、ベストを言えば、カヌレ1個ないし2個。そこまでだ。ドーナツ2個なら確実に昇天する。黒猫シリーズの灰島の胃袋がいささか羨ましいくらい、私は簡単に眠りの餌食になる。

 まあこれが四十代の私の現状で、こんな座り仕事だけの日々を送る者には朝ごはんも昼ごはんも、「そこそこ」がいいのだ。だって、カロリー(これも疑似科学が創り出した幻想用語だが)を消費しきれない。そんなに動かないのに、食べたいからって食べたいものを食べていたら、そんなの消費しきれないに決まっている。

 ところで、私は上京するたびに「また痩せました?」と編集さんに聞かれる。たしかにもともと痩せ型ではあるが、断じて言うが「痩せてはいない」。私は17の頃から55・5キロという体重をずっと維持している。べつに維持しようと思ってそうなったのではない。消費しきれないようなカロリーをあえて取ろうとしないから、食べる分をその日のうちに消費して生きているだけだ。英語で言うなら「ハンドトゥマウス」。その日暮らしというやつだ。

 昔からあぶく銭はもたないタチで、だから預金なんて夢のまた夢である。それは体重も同じだ。カロリーなんて明日にとっておけるわけでもないのに余分に摂取する意味がないので取らない。

 そういえば、高校時代は、給食というものがなかったので、母親がお弁当を作ろうか、と言い出したりした。だが、母は祖母を亡くして精神的に不安定な時期でもあったので、私はそれを断って毎日カロリーメイトで過ごした。たまには味を変えたいと思いそうなものだが、ほぼほぼ3年間カロリーメイトで過ごした。私は「代り映えのしない質素」の中に毎日新しい発見をするのが好きですらある。

 いまも、昼ごはんに対する意識はその頃とさして変わらない。「なんかすごくおいしいものが食べたい!」みたいな欲求に駆られるのは、本当に年に1,2度で、たいていは「うどんでいいか、いや、うどんでも食べすぎなくらいだな」という感じなのである。そんなわけなので、私が「ひるごはん」に求めるのは二つ。

「どうか午後、午睡をせずに済みますように」

「どうか、痩せてもないのに『痩せました?』って聞かれませんように」

 ほかにはさして望みはない。午後1時すぎ、どれくらい仕事ができるのか、できないのか。ついうっかりTwitterに居座ってしまうのかどうか。それらはすべて、昼ごはん次第。そういう意味では、期待値はかぎりなく低いものの、ひるごはんには、午後の私という存在の決定権があるようにも思ったりする。

 だからこそ、私はひるごはんには、あまり出しゃばりでいてほしくないのだ。

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 なおこのお題公募エッセイは本日が最後です。たくさんのタイトルご応募ありがとうございました。皆さん素敵なタイトルを送ってくださったのですごく迷いながら、それでもあまり熱くならずに語れそうなものに落ち着いたような気がします。連続エッセイはこれでおしまいですが、どうぞ引き続き『偽恋愛小説家、最後の嘘』をよろしくお願いします。

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