書く習慣1ヶ月チャレンジDAY13「大阪病と呼ばれた女の話」
このご時世になる前の話だ。
私の最高の休日の過ごし方は、コンサートや舞台を生で楽しむため、各地へ遠征することだった。
特に、当時応援していた関西ジャニーズJr.(関東のジャニーズJr.と違い、彼らはなかなか見ることができず、大阪松竹座でおこなわれる公演か、大阪で行われる公演のバックにたまにつく等、活躍の場が限られていた)の公演に足繁く通っていた頃は、彼らの公演シーズンである夏休み、クリスマス、春休みはほぼ毎週大阪だった。
それ以外の時期も、同時に応援していたジャニーズWESTのライブやそのメンバーの舞台などがあると必ず大阪の公演に申し込んでいて、なんというか、もう、
大阪病だったのだ。
口癖は、「新大阪のホームに降り立つと、私の休日が始まる」「大阪の空気を吸わないと生きていけない」だった。もちろん、福岡に居ても休日は始まるし、大阪の空気を吸わなくても生きていけるのだが。
それでも当時の私にとっては精神的には死活問題で、1ヶ月も大阪に行けない日が続くとマジで死んだ魚のような目をして、こだまのように空虚な顔でカタカタ笑っていた。
公演の日程表と、自分の予定を交互に見ては、「ここなら、一回福岡帰って仕事して、新幹線は間に合わんけどヤコバ(夜行バス)なら行けるな」などと想像を絶する無謀な遠征計画(しかも、何度となく決行した)を立てる時間が「生きてる」を感じさせる時間だった。
仕事から23時過ぎに帰って、それから支度して少し寝て翌日は始発の電車なんてこともあったが、それでも早起きなんて微塵も苦痛ではなかったし、深夜に翌日の準備をしていると眠れなくなるほどワクワクした。
ワクワクするのはもういいから、帰ってすぐ寝られるように前もって準備をしとけと毎回自分に言い聞かせては全然学ばないあの日々が懐かしい。
無謀な遠征から帰ると、カプセルホテル一泊からの帰りはヤコバで体力的にはバキバキのボロボロなのに、精神は高揚し目はめちゃくちゃギラギラしていて、シャワーを浴びてそのまま仕事に行ったりしていた。
朝靄に包まれた博多駅とバキバキの腰をかかえて聞く運転手さんの博多駅に着きましたアナウンスが懐かしい。
あの頃は若かった、と言いたいところだが、つい3年ほど前まではやっていたので、れっきとしたアラサーである。高校生並みの体力、まさに遅れてきたアラサーの青春である。
こんなこともあった。6年ほど前の4月のことである。
その日は仙台でおこなわれるコンサートを見に行く予定で、私は次のようなプランを組んだ。
4/2、夕方:福岡空港発(ケチってLCC)
4/2、夜:成田空港着(え)
〜友達と夕食〜
4/2、深夜:新宿からヤコバ、仙台へ(え?)
4/3、早朝6時:仙台着
〜何も開いてないので、ネカフェでシャワーや身支度を整える、なお、ホテルは「仙台には」取っていない(え??)〜
4/3、昼:東京、京都から来た友達と合流、コンサートに入る、2部とも入る
4/3、夜:最終新幹線で仙台を発つ、大阪へ(え???)
4/3、深夜:大阪着、京都の友人とは車内でバイバイし、東京の友達と大阪のホテルに泊まる
4/4、昼:大阪観光
4/4、夕方:春の松竹座公演を観劇(え????)
〜京都の友達も再合流して夕食〜
4/4、夜:帰福(ようやく)
正気の沙汰ではないが、至って正気だったのである。
せっかく行きに時間もあるし、仙台に行くなら1日早く出て東京経由して友達に会おう!
そのまま福岡に帰ってまた松竹座行くより、帰りに大阪に寄って帰ればよくない?
しかも、LCCとヤコバの両刀使いにより、行きは仙台直行便と比べ破格の安さ。
帰りも、また福岡に帰って改めて大阪に行くより、片道分が浮く。
……我ながら名案であった。冴えてるのか頭が悪いのかわからない点においては「迷案」だったとも言えよう。
とにかく、あの頃の私は博多駅の改札を、福岡空港の手荷物検査所を抜けると「生きてる」感を覚える人間で、福岡脱出を事あるごとに企てるというたいへん福岡に対して失礼な人間であったことに変わりはない。
別に福岡が嫌いだったわけではないのだ、ただ、大阪が好きすぎたのだ。
大阪に入り浸りすぎたあまり、ルクアの店でポイントカードを作ったり、大阪の身支度を整えやすいトイレマップが脳内に構築されたり、しまいには福岡県民でありながらユニバの年パスを所持するという偉業まで成し遂げてしまった。
謎のイギョネ精神である。偉業だけに。
ちなみに「イギョネ」とは、「勝ち抜け」という意味の韓国語で、SHINeeの「炎のカリスマ」こと負けず嫌いなミノくんが口癖のように「今日も勝ち抜け!」と言う熱い熱い言葉である。
もう一つ、これは大阪への遠征ではないのだが、過去の遠征で過酷な思いをしたものがある。
それは、劇団☆新感線の舞台にジャニーズWESTの神山くんが出演したときのことだ。
全ての会場で神山くんの演技を見たい、という思いから、一年において最も仕事が激務となる8月に、果敢にも私は闘いを挑んだ。
会場はまさかの、長野である。
福岡の天敵、東日本。
福岡という県は非常に恵まれており、五大都市だしだから生活をするには何ら困ることはないし、都会も自然も広がってるしご飯も美味しいしちゃんと最先端の店もあるしマジでいい県だと思う。
しかも、マリンメッセ福岡様という最高な会場もあるし、もちろんドームもあるし博多座だってある。
しかし、だ。東京が遠い。もっと東の日本はもっともっと遠い。そして関西も大して近くない。マジで日本のどこに行くのも遠い。九州だけは近いけど(九州なんだから当たり前)オタ活的には正直九州にあんまり用がない。福岡空港は便利だけど、ウチから福岡空港はそれなりに距離があるので普通に遠い。
とにかく遠い。
しかも、舞台は8月。この時期はなんと、連休が取れないのだ。1日しかない休みに、福岡から長野に行けるのか???
飛行機、新幹線、特急、鈍行、バス……どのコマをどう使っていけば可能なのか……(そう考えている時点で、不可能だとははなから思っていないのだ、それが私という人間オタクという生き物)
結果、以下の日程に決まった。
8/6、夜:19時ごろ退勤、福岡空港へ移動
8/6、深夜:最終便で東京へ、ネカフェへ
※なお、予約できなかったので羽田から最終の京急に乗るためホームまで移動中に電話をかけまくり、空きを見つけるものの、到着する頃に埋まってしまう可能性もあると告げられる、軽く絶望する、東京こわい
8/6、もっと深夜:電話した店にたどり着き、無事入店
8/7、早朝:新宿からバスで長野へ
8/7、昼:バスが遅れてめちゃくちゃギリギリに着く
※二度と、行きにバスは使わないと誓った
〜無事観劇〜
8/7、夕方:上田駅まで真剣ガンダッシュ
※なお、この電車に間に合わないとこの後特急に乗り遅れるのでその後の行程全てアウト
8/7、もっと夕方:長野駅のホームで、嵐のアリーナツアー帰りの友達と柵越しに会う、数分会話、話しすぎてまたマッハガンダで名古屋までの特急に飛び乗る
〜嵐のアリーナツアー帰りの人ばかりの車内、こりゃ予約席が空いてなかったはずだ、自由席にて満員の中2時間半立ちっぱという地獄の時間を過ごす〜
8/7、夜:名古屋にて、博多行きの新幹線に割と余裕を持って乗る、指定席に着席、気分は最高、座席というものは神様からの贈り物だ、博多は終点なので安心して着席して数分で寝る、終点最高
8/7、深夜:博多着、博多から家の最寄りまでの最終電車に乗る
※あのとき上田駅からガンダしなければ、この最終電車に乗れていなかった
やはり正気の沙汰ではない、少しばかり頭のネジが吹っ飛んでいるのが私なのであろう。
しかし、
着ていく服を選んだり、新幹線に持ち込む本を詰め込んだり、当日車内で食べるスイーツを選んだり、窓の外の朝の鼓動を感じながら車内でコーヒーを飲んだり、大阪に着くまでどっぷりと読書を楽しんだり……
そういう旅の全てが、大好きだった。
コンサートや舞台を生で感じ、大迫力の音響、劇的なストーリー、演者さんの躍動感、そういったもの刺激を受けるあの日々が生き甲斐だった。
同じ感覚を共有できる友達と会い、笑い、カラオケに行き、その土地の名物を楽しみ、お酒を飲み、そういう旅そのものを愛していた。
私は自営業の教育関係の仕事をしているので、教え子そして事業所を守るため、このご時世になってから一度もこういうことができなくなった。
もう丸2年以上。
この時の私は、きっと今の私なんて想像できない。
生で見てこそ全て、会場がどこだろうが、見たいものは絶対に我慢しない。
福岡を出られない日が来るなんて思ってもみなかった。
この期間、新しい沼にハマるなどして、自分で楽しみは見つけた。
でも、こうなるとやっぱり新しい沼の人たち(という言い方は沼の住人みたいでおかしいが)にも会いたいのだ…… どうか1日でも早く、皆が自由にエンタメを楽しめる日が来るようと、今日も願うしかできない。