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思い出の栞を求めて〜SHINeeと私〜
韓国の男性アイドルグループ、SHINeeの名前を聞いたことがある人は多いだろう。
韓国で2008年にデビュー、日本デビューも今年で10周年を迎えた彼ら。
私も名前は知っていたものの、彼らのことを詳しく知ることになったのは、ほんの半年前だった。
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1.Replay
もう10年以上前になる。
大学時代、かなり離れたキャンパスに通わなければならない時期があって、電車とバスを乗り継いで片道2時間かけて通学していた。
授業数自体は少なくて、滞在時間より通学時間の方が長かったから、正直かなり不満を抱えながら通い始めたのだが、海沿いの道を走るバスでの40分が心地良くて、わたしはあっという間に通学が大好きになってしまった。
毎日、大好きな音楽を聴きながら過ごすバスでの時間は、次第にわたしにとってなくてはならないものになった。
イヤホンから流れる音楽とともに、過ぎ去っていく風景。
一日が始まる鼓動を感じながら窓の外を眺めた朝。
まったりと時が流れる昼下がり。
通り雨の気配を感じた夕方。
たくさんの時間が、さまざまな海の表情と、あの頃の音楽とともに流れていった。
あれから、あっという間に10年以上。
卒業してからというもの、もうあの道を通ることもなくなってしまったから、思い出の上書きはされていない。
だからあの道はあの頃の音楽がそのまま流れている場所、みたいに思う。
あの頃の音楽は、わたしにとってあの海沿いの道とともにあって、今でもその頃の曲を聴くと、気づけばお気に入りのイヤホンをつけてバスの後部座席にいる。
音楽は、それを聴く人一人ひとりの歴史、一人ひとりの景色とともにある。
常に大好きな音楽とともに流れてきた私の時間に、後悔はないはずだった。
同じ時代に、たくさんの音楽が並行して流れているから、全部を真剣に追いかけるなんてことはできなくて、そのとき本当に出会えるものは限られていて。
それでも、自分の好きな音楽には、出会えていると思っていた。そのつもりだった。
2021年の2月。私は、SHINeeというグループを知った。
きっかけは、メンバーであるミンホさんが出演されている、韓国ドラマを見たことだった。
俳優さんだと思っていたので、SHINeeのメンバーでいらっしゃるということを知った衝撃は、今でも鮮明に覚えている。
ちょうどカムバ(CDリリース)のタイミングだったので、狂ったように「Don't Call Me」を聴いては、ノリの良いリズム、K-popの洗練されたメロディー、メンバーの歌声に酔いしれていた。
今ならわかるが、この曲はこれまでの彼らとはまた一味違う新しい曲で、奇抜な衣装や歌詞、メロディが、空白期間を経て久しぶりに帰ってきてくれた彼らの変わらぬ人気と、新しい時代の幕開けを予感させる刺激的な曲だ(アルバムの他の曲も、令和を感じさせる最先端の「オシャレ」があって、ぜひリパケ「Atlantis」の方のアルバムもあわせて、聴いていただきたい)。
そこからどんどん曲を遡っていったのだが、さすがベテランの彼ら、既にリリースされた曲は膨大だったので、時間をかけてそれらを聴いていったが、どれも個性的で、新しくも彼ららしく、あっという間に彼らの曲の虜になった。
そして、とある曲に出会い、私は涙が止まらなくなっ
他でもない、彼らのデビュー曲「Replay」だ。
こんなにも全身が好きだと叫ぶ音楽さえも、私は今まで知らないで生きてきた。
たくさんの音楽にとってのあの頃が、確かにあの頃の私を通り過ぎていってたように、
彼らのあの頃も、わたしのあの頃と交わることなく、わたしを通り過ぎていったんだ。
日々たくさんの人とすれ違っていくように。
こんなにも素敵な音楽に、こんなにも素敵な人たちに、私は、気づくことができなかった。
しかし、それなのに、この曲を聴くと、
とてつもなく、懐かしかった。
この曲がリリースされた頃。
毎日、海沿いの道を走るバスで、大好きな音楽を聴いていた頃。
彼らのあの頃と、私のあの頃は、交わっていない。
初めて聴くはずの「Replay」。
でも、なぜか私には確かに、あの海沿いの道が見えていた。
一筋の涙が頬を伝った瞬間。
爽やかな風が見える午後、バスのいちばん後ろの席に座って、お気に入りのイヤホンで、私は、確かに、この曲を聴いていた。
この曲から溢れ出る、「あの頃」感。
きっとこの曲には、私が語るにはおこがましいほどに、彼らと、当時からずっと応援してきたファンの方々との間で紡がれてきた、たくさんの瞬間が詰まっている。
音楽は思い出の栞だ。
きっと、SHINeeの5人とファンの方々のたくさんの瞬間に、「Replay」という栞がはさまれていて、ページを開くと、大切な想い出が優しく寄り添ってくれるのだろう。
2021年の彼らしか知らない私には、どれほどの想いが、この曲とともに時を重ねてきたのか、ただただ想像するしかない。
13年の歴史。重み。
でも、この曲を聴くだけで、こんなにも、「あの頃」「これまで」が迫ってくる。
あんな瞬間、こんな瞬間、私は見たことがないのに、この曲から溢れてくる。
そんな、私にとっては形のない、でも、スノードームに閉じ込めたいくらい愛おしくて、尊くて、キラキラと輝くたくさんの想い出が、ないはずの想い出が溢れて、涙となった。
2008年。
たしかに5人は、あの頃を一緒に生きていたんだ、と思った。
初めて触れる曲なのに、こんなにも懐かしくて。
なぜかずっと5人と一緒にいたような気がした。
ずっと、5人がどこかで見守ってくれていたような気がした。
あの頃の5人はここに生きてて、今の5人も、ここに生きてる。
この曲が愛され続ける理由であり、そうである限り、ずっと5人はいる。
いつか、今日も「あの頃」になる。
2021年という場所から、私もこの曲の「あの頃」の一部になりたいと思う。
2.Diamond Sky
次に、彼らが日本のアルバムとしてリリースしてくれた「FIVE」に収録されている、「Diamond Sky」という曲についても紹介させていただきたい。
この曲はドラマティックなラブソングで、作詞のいしわたり淳治さんが紡がれる世界観と彼らの歌声のマリアージュが、極上の幸せを届けてくれる。
もう友達のふりはしない胸が壊れそうさ
「君に黙って 君にずっと 恋をしてた」
冒頭からもう、世界観に引き込まれてしまう(余談だが、「君に黙って君にずっと恋をしてた」ミンホさんに私はずっと恋をしている。いつもこのフレーズを聴くと、私の脳内では彼が主演の「Diamond Sky」というドラマが始まってしまう)。
しかし、コンサートで歌われる「Diamond Sky」を聴くと、グループソングなのかな?と思うようなあたたかみ、全てを凌駕した人類愛のようなものを感じる。
ハンドサインで会場がひとつになるあの瞬間。
確かに、お揃いのあの星を指にのせて、同じ空を見上げるあの瞬間。
エモーショナルな、この世の煌めきを全て集めたようなメロディーとともに、5人とファンが繋がるあの瞬間。
彼らのグループカラーであるパールアクアグリーンの海で見るこの景色こそが、Diamond Skyなのだ。
ずっと応援してきたファンの皆さんが生きてきた日々には、ずっと彼らの音楽があって、彼らの姿があって。
その曲を聴くだけで、つらくても支えられた日、コンサートで心震えた日、きっとそういうたくさんの瞬間が詰まっている。
人生のページには、いつも彼らの音楽という栞が挟まっている。
彼らとお揃いの星をのせた色んな瞬間が、キラキラの宝石となって、宝箱にたくさん入っている。
5人とお揃いの星をのせる日、
自分の宝石箱に、5人との想い出という宝石を初めて入れるその日、
きっとこの曲に想いを馳せた今日のことを、懐かしく思うのだろう。
3.너와 나의 거리 (Selene 6.23)
最後に紹介したいのは、私に生き方を思い出させてくれた曲「너와 나의 거리 (Selene 6.23)」だ。
日本語訳は、「君と僕の距離」。この曲は、メンバーであるジョンヒョンさんが作詞をしている。
2013年6月23日は、月と地球が一番近付くスーパームーンの日。とても大きく近く見えるのに絶対に届かない距離を、叶わない想いにたとえて……
というこの曲の誕生秘話を知ったとき、あまりの切なさ、それでいてその尊さと美しさに、ただ涙を滝のように流し続けた。
ちょうど満月の夜で、窓から見える満月に、会えない5人の姿を重ねた。
いつ頃までだっただろうか。
私はずっと、「本当に綺麗なもの」を探し続けていた。
きっと、自分が真っ直ぐ、心から、100%の気持ちで、人と接していたら、相手にも伝わって、同じように、思いを交換しあえる。
そういう風に関わっていくことが、人間っていうもので、生きていくことなんだと思っていた。
「真っ直ぐ思うこと」は、美しいんだ、と思った。
だけど、いつも自分の思いはないがしろにされて、
心ないことを言われて傷つくのに相手は悪びれもしていなくて、自分の心ばかりが上すべりしていて、
なんだか、もう感情をもつことに疲れてしまった。
だけど、きっとどこかに、見たことがないくらい綺麗な世界があって、だから、探していれば、自分の大切にしているものを見失わなければ、いつか出会えると信じていた。
それなのに、悪意のある言葉で、あるいは悪気のない無自覚さで、何度も何度も、心の中を踏み荒らされた。
人を陥れる言葉、人を嘲る言葉、打算的な言葉。
もう、この世界を純粋なフィルターで見ることはやめようと思った。
真面目なんてバカみたいだと思った。
ありもしない綺麗なものを探すより、今日を、明日を生きるタテマエや世渡りを学ぶ方が得策だった。
ただ、笑顔を貼り付けただけのロボットみたいに、淡々と毎日を過ごしているうちに、綺麗なものを探すのはやめていたし、そんなものを探していたことすら、忘れてしまった。
この曲を聴いたとき、はっとさせられた。
ずっとずっと私が探し続けてきた、探していたことすら忘れていた、「本当に綺麗なもの」は、これだったと思った。
きっと、美しいだけではなくて、つらかったり、苦しかったり、そういうどうしようもないものだって詰まっているはずなのに、その狂おしいほどの思いは、どこまでも切なくて真っ直ぐで美しい。
でもどうしてだろう。
「好きな曲として、この曲を語る」場であるのに、今こそ思いを綴ろうと思ってここにいるのに、これ以上何も出てこない。
言葉にならない。
本当に綺麗なもの。
こんなにも切ない輝きを持つもの。
この曲が「在る」というだけで、何も語る言葉はいらないのかもしれない。
そしてまた、この曲を歌う5人こそ、ずっとずっと見たかった、この世でいちばん美しい世界だった。
今も大切に大切に、この曲を歌い継ぐメンバーたち。
SHINeeは本当に優しいグループだ。
5人それぞれの優しさがある。
だけど、どの人も、遠くの誰かに、恵みの雨が降り注ぐことを願えるような、自分が直接知っている人以外にも愛を送ることができるような、人間愛に溢れた人たちだ。
だから私も、今日も、遠い場所にいる、まだ会ったこともない5人に、幸せが降り注ぐことを祈る。
そして、心から人に愛を届けることができるような、あの日なろうとしていた自分に、もう一度なりたいと、そう思えた。