異世界サイコロ旅行 第八投
建国祭
や、や、やっと着きましたよ~。王都エクセリア。
正確にはまだ街道だけど、この人、人、人!
犬耳や、猫耳の人や、耳長のエルフや、ハーフリングと思われる方々も歩いてらっしゃる! ケモミミよ! モフモフなのよっ! 異世界万歳!
建国祭ってこんなにスゴイんだ。城壁の中に入るための長蛇の列ができてる。
「えくすこたん、こっち、こっち」
スヴェンさんが先頭で手招きしている。あれ? 最後尾はここじゃないの?
すみません、通ります。ペコペコ。
「ご苦労様」
あーちゃんが一言云えば、通用門の衛兵さん達が一斉に敬礼して迎える。
門が開く。
うゎ~、VIPやん。こういうの慣れてない……。
通用門を抜けたところで突然、あーちゃんは両手をいっぱい広げて深呼吸。そして、くるっと振り向いて
「ようこそ、おねぇちゃん! ここがエクシア王国の王都、エクセリアだよっ!」
ぐゎっ! 笑顔最高かよ!
お日様の光で本当にあーちゃんがキラキラして眩しい。
「あれ、おねぇちゃんどうしたの? まだ具合が悪い? おかしいな。リジェネレーション効かなかったかな?」
上目遣いでオロオロしてる破壊力MAXあーちゃん。
ぐぬぬ、あざとい。私には真似できぬ。
可愛いと思ったら負けだ。可愛いと思ったら負けだ。
しかし、衛兵さんや通行人が巻き添え喰って萌え死にしそうになってましたね。
「よっしゃー、えくすこたん! まずはあれだ。ここに来たら『おい、ピザ食わねぇか』だ! 姫様もいいでしょ?」
言いながらも、既に目的地に向かって歩き出したスヴェンさん。ブルーノさんも仕方無いかと言った感じでクスリと静かに笑って歩き出す。この2人はあーちゃん萌え耐性でもあるんだろうか。
「そうだね。今なら多分あれに間に合うね! よぉ~し、いくぞぉ~!」
あーちゃんが私の手を取って、城下町を歩き出した。
耳まで真っ赤にするなら、手なんて取らなければいいのにとは思わなかったよ。眼福。
わぁ、広い。ここはイベント会場? 東京ドーム一個分くらいはありそう。ステージもあるし、でも満席っぽいね。
「おねぇちゃん、こっちこっち。席が空いてるよ~」
うそ。ちょうど4人掛けのテーブル席じゃん、ラッキー☆って、これ……、特等どころか、貴賓席じゃない?
隣の隣くらいに赤絨毯が敷かれてるし、そこの椅子だけ装飾半端ないよ?
そしてそこにお座りあそばしてる、あの気品あふれる男性は……。
もう、あーちゃんがどんだけお貴族様でも王族様でも、あーちゃんはあーちゃんで通そう。うん、そう決めた!
ゴォォォォォォン!!
『さぁ、皆さん! エクシア名物ピザ大食い大会もいよいよ大詰めっ! 決勝戦、選手のぉぉ、入場です!』
ステージの司会者がでっかい鐘を叩いて叫ぶ。観客は歓声をあげた。
ピザの大食い!? あーちゃんが言ってた名物の?
『エントリー№1! 大熊のバルドォォ! ハチミツをこよなく愛するというフレーズからは、想像もつかない巨体で文字通りピザを飲み込む! 押しも押されぬ優勝候補だぁ!』
『エントリー№2! キングオブチキンの異名を持つ其の名はダーニィィ! 細身の体からは想像もつかないがステーキ系ならば右に出るものは無しっ! 今回はピザが相手だが果たして勝利する事ができるのか!?』
『最後は今大会まで全く無名のダークホース! エントリー№3、泣きのシエラちゃん! この小さい体の一体どこにピザが入るのかぁっ、世界の法則を一切無視したキューティーガール! 予選では、涙を流しながらも食べ続ける健気な姿に大きなお友達は皆ノックアウトォッ!』
会場の歓声がすごい。
観客がそれぞれ応援したい選手の名前をコールするから、も~めちゃくちゃ。
耳がグワングワン。
でも私の席はアリーナ席から離れて赤絨毯に近いからまだマシなんだろうな。
ステージも抜群によく見える。
それにしてもあの超可愛いちっちゃな女の子、シエラちゃんだっけ。
首にチョーカーして狐耳でしかもメイド服。
「エクセリアピザと、トマト水を4人分もらえる?」
うっわ、びっくりした。ウェイトレスさんが横に!
いつの間に呼んだの、あーちゃん。
あれ? このウェイトレスさんもシエラちゃんとお揃いのメイド服にチョーカーしてるなぁ。
「おねぇちゃんは誰が勝つと思う?」
おっ、予想した方が盛り上がるってか。
いいですよー、コホン。見た目で判断したら1番だけど、フードファイトは見た目に騙されてはいけないから……。
「私はシエラちゃんだと思うよ」
「「えっ?」」
あーちゃんとスヴェンさんが私をクレイジーだと言わんばかりの目で見てくる。
「いやいや、えくすこたんそれはないっしょ! 絶対1番だって。俺は1番に十万EXC!」
「じゃあ、僕は3番の子に倍の二十万EXCだよ」
注文を取りに来たウェイトレスさんに、あーちゃんとスヴェンさんが腕輪を差し出す。ウェイトレスさんは、金属製っぽいカードを腕輪に近づけた。
キィィン、キィィーーン
甲高い金属音を二回残してどうやら、決済が終わったらしいね。へぇ、魔術具《ASIC》は腕輪型の他にもカード型があるんだ~~ってこれ、賭け試合なの!? 呆れた~。こんだけ盛り上がるわけだ。
ブルーノさんは賭けてない。真面目だねぇ。
「エクセリアピザ、トマト水4、ご注文請け賜りました。当選金はEXCで自動払いされます。それでは本大会をお楽しみくださいね!」
注文を取り終わって次のテーブルに行くウェイトレスさんのおみ足を、スヴェンさんが鼻の下伸ばして見てる……。
フリフリのミニスカートで、すっごく可愛いんだよねメイド服。
それにしてもピザにメイド服……異世界なのにアキバみたい。
『さぁ、いよいよ決勝戦が始まろうとしています! 今回、決勝の舞台に用意されたピザは……、メインスポンサーのパパ・エクセリアのダブルチーズピザだ! 数種類のチーズをブレンドし通常よりも酸味の強いトマトソースを使うことで、基本のエクセリアピザの完成された調和を崩すことなくチーズを増量し、味にもこだわった逸品だ!』
『このパパ・エクセリア特製ピザを、45分間でどれだけの枚数を食べられるかが今回のチャレンジ!』
と言い終わるや、各選手の前に三枚ほどのピザが配られる。アッツアツだよーあれ。チーズがブクブクいってるもん。
『強者どもよ準備はいいかぁー!? 良くなくても始めるがなぁーー!』
『パパ・エクセリア特製ダブルチーズピザ! 45分間大食い勝負----、開始ィィ!』
ゴォォォォォォン!!
鐘と歓声と共にスタート!
すごいすごい! バルドって人が暴力的な勢いでピザを食べてる。ピザは飲み物じゃないよ? 熱いのもお構いなしだね。
ダーニさんは黙々とピザを折りたたんで口に運んでいる。
シエラちゃんはアッツアツのピザに苦戦して、水もちょいちょい飲んじゃってるね。
選手が食べてる間も、どんどん次のピザが運ばれてくる。
「早くも大熊のバルドが一枚完食! 期待を裏切らない素晴らしいスタートダッシュだぁー!」
ふぇぇ、水飲も。見てるだけで口の中、火傷しそう。
「お待たせしました~」
わーい、こっちにも頼んだピザが来たぞ。
「エクセリアピザと、トマト水、おみまいしちゃうぞぉ! それではごゆっくり本大会をお楽しみください」
メイドさん……、いいや。もう、いちいち突っ込まなくていいよね?
しかし、みんなが普通に飲んでるこのトマト水とやらは……?
「おねぇちゃん、どうしたの? ……まさか、食べないの?」
コツン。
なぁに? スヴェンさん。こっちを見もしないでさ、テーブルの下で人の足を。
ヒィッ、あ、あーちゃんの綺麗なブルーアイがダークマターに!? なんだか怖いっ! ハイィッ、食べます! 頂きますっ!
「それじゃ頂くね! あーんぐっ」
「えくすこたん、旨いだろ! 他の国じゃこれほどの物は食べられないぜ!」
「あー、チーズがとろ~んとしてて、おいしぃ~」
「そうでしょ! これがエクシア王国名物のピザだよ。しかも、大会のメインスポンサーである老舗パパ・エクセリアのものだから味も折り紙付き! このピザにも使われているチーズは、エクセリア周辺で山羊の飼育が可能になったことと、サトシ・ヤマモトがチーズの製法を残していたことでようやく完成を見たんだよ。ドラゴンが今のような……、」
これ見よがしに美味しい振りっていうか、実際においしいわけだけど、そんなことしたらあーちゃんが明後日の方向を見ながら愛国心モードに入っちゃった! ダークマターは消えたけど、あわわ……スヴェンさんタスケテェェ……。んぐっ、ピザが喉に……、水っ、水ぅ。
「えくすこたん、ホラ、コレ飲みな!」
んぐ、んぐ。
「あ、そ、そのトマト水はぼくの……」
ぷはっ、助かった。スヴェンさんナイス。トマト水で一息つけたぁ。意外とスッキリしててピザにあうね。いつの間にかあーちゃんのマシンガントークも止まってるし。そしてまたお顔真っ赤にしてテーブルに突っ伏してる?
ブルーノさんはあーちゃんのコップに水をつぎながら、スヴェンさんに小さく「馬鹿者」と呟いた。
わぁぁぁぁぁっ!!
ひと際大きな歓声が上がり、興奮した実況が聞こえてきた。
『さすがのバルドもそろそろ限界か、ペースが落ちて来たぁ~』
掲示板を見ると、ふとっちょ・バルドと細身のダーニが11枚。
シエラちゃんは10枚だ。
『おぉっと、ここにきてバルドが伝家の宝刀ハチミツを取り出したぁ! ピザに掛ける掛けるぅ。ダーニが露骨に嫌な顔をしているぞー』
うわぁ、トマトベースのピザにハチミツはどうなんでしょう? ハニーピザって確かに食べたことあるけど、トマトベースではなかったよ? ピザに掛けるなら、あれが欲しいよね。酸っぱくて辛いやつ。
『あーっと、シエラちゃんがとうとう泣き出したぁ。苦しいのか? その切ない表情とは裏腹に食べるペースは全く落ちないどころか、早くなってさえいるような気がするぞ!』
これは、見ているこっち迄つらくなってくるよ。涙に濡れた赤いつぶらな瞳が私の心を突き刺してって、あれ? さっきまではシエラちゃん黒目だったような……?
『ダーニが今12枚目を完食! バルドをここで抜いたぁ!』
あ、スヴェンさんが天を仰いで白くなってるよ。そして、ブルーノさんが醒めた目をしているね。
『残り時間はあと十分を切ったぁ! 先行するはダーニィィ! バルドと、シエラちゃんが追いかける!』
凄い。シエラちゃんのペースが確実に上がってきてる。ダーニさんは淡々と食べ続けてる。バルドは落脱したのかな?
『おぉー、っとシエラちゃん12枚目を完食だぁ! あと一枚でシエラちゃんが、ダーニに並ぶぞっ!』
シエラちゃんはなんて言うか、見てるとこっちが切なくなってくる。なんだろう、苦しそうなんだけど、苦しいの質が違うんだ。
苦しい? 寂しい? 辛い? もう止めたい、というか、もう止めてあげて。もう、止めてもいいんだよ。頑張れなんて言えない、そんな気持ちにさせるんだ。
うん? バルドが残ったピザを丸めだしたぞ。
『あーっ、バルドだ! ここに来て奥の手を出してきたぁ! 圧縮して飲む、ひたすらピザを飲み込むぅ! これは料理へ冒涜だぁ! あっという間に13枚目まで完食したぞ!』
「バルドォォー、行っけぇー!」
スヴェンさんが復活して、身を乗り出し叫んだ。
今月の生活費を全部つっ込んだみたい……お馬にひらりと乗った格好いい人は何処行ったの?
『残り一分を切ったぁ! 三者とも、15枚で横並び! バルドが凄い勢いでピザを飲むっ!』
シエラちゃんが必死だ。小さなお口なのに、目いっぱい開いてピザを食べる。口に入れる度、今や深紅にまでなった瞳から溢れる涙。苦しい、絶対負けられない、辛い、けど絶対に勝つ、そんな感情がダイレクトに伝わってくる。視界が歪んで、私の頬にも自然と涙が伝う。
『の、残り三十秒! 15枚目を完食して、優勝を掴むのは一体誰なのか! ダーニが後3切れ、バルドが4切れ、シエラちゃんは、もぅ……、うっ』
あ、司会者もついにシエラちゃんにやられたな。
『十秒!』
バルドが最後から三切れ目を口に入れ込む。
ダーニも残り二切れだ。
『五秒!』
司会のコールを聞いた、シエラちゃんの目から光が消え、瞬間ピザ皿を持ち上げて顔を隠した。
『三、二、一!』
バルドが最後の二切れ目を無理やり口に突っ込む。
『ゼロォォォォ!』
シエラちゃんがゆっくりピザ皿を置くと……、ピザは無くなっていた。
『勝者シエラァァァァッ』
喚声に沸く会場。何故か隣同士で抱き合う姿すら見える。
スヴェンさんは、イカサマだろーっとか叫んで荒れてる。あーちゃんはこの熱戦に胸を熱くしているご様子。ブルーノさんも食後のコーヒーを飲みつつ、惜しみない賛辞を拍手で送っている。スヴェンさん、働いてまた貯金して下さい。合掌。
ガシャーーーーーーーン!!
観客の視線が再びステージに集まる。
「ふっ、ふざけるなぁ!」
バルドがテーブルをひっくり返して暴れてる!
「認めねぇぞ! 俺が負けるわけがねぇ! この女、イカサマしやがったなぁ!」
シエラちゃんは何が起こったのか理解できず、呆然としたまま暴れるバルドに襟首を掴まれて客席側へ投げ飛ばされた!
きゃーーーーっ! うそっ!
ドッ
鈍い音がした。
血だらけで地面に横たわるシエラちゃんを誰もが覚悟した。
でもそこにいたのは、
「ふん。最初から気に食わない顔をしていると思ってはいたが。お怪我は無いか、シエラ嬢」
ブ、ブルーノさん!?
いつの間に!
@えくすこプロジェクト
挿絵はハンバーグ師匠の作画です。