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【短編】愛≓狂気

「好きです」
 今日もまた同じ声、同じ言葉が私の前に並んだ。
 これで何度目だろうか。けれどきっと両手ではおさまらない回数、同じことを繰り返している。どうせ今回も断った私の顔を見て、悲しそうに微笑むのだ。
「ごめん、何回言われたって気持ちは変わらない。私は君を好きにはならないよ」
 この表情を見るのも何度目だろう。断られるとわかっているのに何度も告白を繰り返す彼は、どういう神経で私の目の前に手を出すのだろう。
「……でも僕は、いつまでも待つし、いつまでも好きだから」
 夏休みに入ってから、部活のために登校する私を待ち伏せしては、こうして気持ちを伝えてくる。初めは、確かに嬉しかったのだろうと思う。好きだと告白されるなんて、そんなにたくさんあることではないから。けれど毎日のように同じことをされては、希少性も失せてしまうし、ループでもしているかのような錯覚に陥る。私は彼に対して、多少の恐怖を感じ始めている。
「ね、君は明日も来るの? 結果は同じだってわかってるのに」
「いや、わからないでしょう、結果なんて。もしかしたら明日はあなたの気持ちが変わって、僕の手を握ってくれるかもしれないし」
「私のことなんだから、私が一番わかってる。だから教えてあげるね、君への気持ちは、いつまでも、変わらないよ」
 彼の瞳に影が落ちる。流石に強く言いすぎただろうか。少しの罪悪感が浮かんでくるが、すぐにかき消える。私は悪くなんてないから。勝手に告白し続けるのが悪い。
「――それより、私部活あるから。もう行っていい?」
「うん、じゃあまた明日……」
 しょんぼりした様子の彼は、校舎前の花壇の前にしゃがみ込んでいた。そのまま涙でも流しそうだったから、学校に入ったふりをして玄関から彼を見ていた。
 彼は、案の定、肩を震わせ始める。何度も何度も負けずにめげずに気持ちを伝えてくるから、メンタルは相当強いのだろうと勝手に思っていたが、そうではないのだろうか。
 彼はすっと立ち上がり、閉まっているはずの扉をもすり抜けて聞こえてくるほどの大声で笑い始めた。
 混乱しかない。悲しんでいるのだろうと思っていたのに、笑い始めたのだから。私は信じられない気持ちで目の前の光景を見つめていた。もしかしたら、遂に心が壊れてしまったのかもしれない。その場合は……私が悪いの?
「あっははっ!」
 両手を広げて大空に笑い声を響かせているその姿は、まるでどこかの美しい悪役みたいだった。彼の本質はどこにあるのだろう――。
 私はたまらず玄関から出て、彼の方へ歩み寄ろうとした。けれど、すぐに足を止めた。
「ああぁ、好きだ。彼女が好きだ、世界で一番愛している! 僕以外彼女を愛することはできない! ははっ、僕こそが彼女に相応しい!」
 衝撃のあまり、私は片手に持っていたバッグを落としてしまった。当然、その音が鳴る。ドサッ、重くはないけれど軽くもない音が、校舎前に波紋を広げる。
 酷く緩慢な動きで、彼は振り向いた。その瞳は、私に手を差し伸べるときとは、全く違うものだった。その笑顔は、私に愛を伝えているときにはない狂気を、はらんでいた。
 私は、私は――。

お題:不屈な夏休み 制限時間:30分

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