大好きだった部屋から飛び出したくなる日
今日、前に住んでいた部屋の立ち合いがあった。
部屋に残されていたものは全部で3つだけ。
ニトリで買った、一度も使わなかったステンレスのくせにサビてしまった物干し竿。
もともと部屋を借りたときに付いてきたテレビ台。
「色が気に入らない」という理由で白い木目のシートを貼った結果、買取業者に引き取ってもらえなかったひとり用のこたつ。
エレベーターのないアパートなので、それらを全部2階から下ろして、200円の粗大ゴミシールに名前を書いて2枚ずつぺたぺたと貼った。
一息ついて、空っぽの部屋をぼんやりと眺めてみる。家具も家電もない空間は、わたしが暮らしていたときよりもうんと広く見えた。内見をした日に戻ったみたいだった。
物件を見つけたのは2年前の4月のこと。それまで半年間100人規模の大型シェアハウスで暮らしていたものの、壁の薄さや見知らぬ誰かとの共同生活に耐えられなくなって、物件を探し始めた。
すべてゼロからやり直したかったのだ。
会社の異動も決まって、朝渋に入り、Twitterを本格的にやり始めたころ。5月という微妙な時期だったけれど、探してみると物件はすぐに見つかった。
天井も、壁も、家具も、家電もすべて真っ白なこの部屋は、一目で気に入った。内見したのは、ここだけだった。
駅徒歩10分、敷金礼金なしの家賃75000円、16平米ワンルームだけど、オートロック宅配ボックスwi-if付き。新品の家具家電も付いて、築30年だけどリノベーションしたてで、会社までバスで20分ほど。
部屋は狭いし、ユニットバスだけど、たぶん家には寝に帰るくらいだし、そんなに長く住む予定もないし、問題ないだろうと思ってすぐに決めた。
16平米という狭い間取りだけど、いろんなサイトを見ながら、食器や小物を揃えるのはすごく楽しかった。
できることなんか限られているくせに、ノートに間取りを書いて、インテリアを考えた。
そうやって整えたわたしの部屋。狭くて小さくて何もない部屋。決して居心地が良いとは言えない部屋。
結局わたしは、ここで2年近くを過ごすことになった。
新しい会社に異動してライターになった日も、くたくたに疲れてベッドに倒れ込んだ日も、終わらない原稿を前にコタツで背中を丸めていた日も、進むべき道に迷って枕を濡らした日も。
狭いくせに物の多いわたしの部屋はいつも散らかり放題で、定位置はベッドの上だった。友だちを呼んでも座る場所なんてなくて、泊まるときは無理やりベッドで肩を縮こませて寝た。
ユニットバスは小さくて、トイレを眺めながらバブを入れてごまかすようにして入った。
時間がないから洗濯物はカーテンのレールに干して、歯磨きはキッチンでして。先輩に話すと「大学生か?」と笑われて。
気付けばたくさんの思い出があって、立ち会いの直前まで床を磨きながら、名残惜しい気持ちでいっぱいだった。
はやく引っ越したかったはずなのになぁ。こんな狭っ苦しい部屋。
昔、やどかりが身体の大きさに合わせて貝殻を変えていくというのを進研ゼミで見たことがある。
最初は素敵だと思った部屋も、次第に出たくてたまらなくなっていくのは、自分の成長の証なのかもしれない。
駅から10分離れたこの場所にわざわざ足を運ぶことはもうないだろうな、と思いながら階段を降りた。
新しい部屋は広くて明るくて、今のところ完璧だ。
いつかこの部屋から良い意味で飛び出したくなる日が来ると良い。