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「戻れない」のが悲しくて


「この曲を聴いていると、なぜか部活に行く途中の道を思い出すんだよ」

ふと隣にいた友人が呟いて、私もそんな曲がたくさんあるな、と思い出した。

ただ、過去の思い出に浸るぶんにはいいけれど、私は思い出すたびに「グッ」と何かが胸につかえたような感じがしてしまう。

生きているなかで1番不思議なのは「戻れないこと」だ。

ちょっと身を乗り出したらいろんなところに行けて、口を開いたら自分の意思が言えて、お金を払えば大抵のことは叶う。

…はずなのに、「戻る」ことだけがどうしても叶わない。

イヤホンを分け合って友人と歩いたあの道。物理的に行くことはできてもあの頃のように屈託なく笑う友人は隣にはいない。他愛のないくだらない会話ももうない。その道を歩いても行き着く先に彼女の家はもうない。

眠たい目を擦って、締切に追われながら小説を書き上げた夜。今同じ小説を書こうとしても、私を突き動かしていた衝動は消え、あの頃の心のモヤモヤはすっかり片付いてしまっている。

「後悔」をしているわけじゃない。ただ、思い出に手を伸ばしても届かないのが悲しいのだ。

過去を歪めるでもなく、やり直すでもなく、もういっかいあの空気のなかで息を吸いたい。もういっかいあの景色を見たい。あのときと同じ人と、あのときの気持ちのまま。

それが一生叶わないんだな、と思うと何だか胸が「グッ」としてしまうのだ。

音楽は自動保存されるハードディスクみたいで、うっかり開くと何気ない日常の風景が閉じ込められている。

帰り道に聞いた曲。友人が好きだった曲。女子会で流れていた曲。

別に特別な思い出じゃなくても、聴いているとボンヤリそのときの気持ちが蘇ってくる。

気付いたら、イヤホンで耳を塞いで聴く曲はだいたい「今のヒットチャート」だけになっていて、ミーハーみたいで嫌だけれど、もういろんなハードディスクがいっぱいなので仕方がない。

別に好きでもない曲にも、何かが保存されていくんだろう。

どうせ戻れないのになぁ、と思いながらたまに取り出して聴いてみるけど、人間って一生戻れない思い出たちを抱えながら生きていくのかしら、と思うと何だか切ないなぁと思うのでした。


思い出って、あたたかいけどひどくやっかいだね。

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