#9 1秒の重み
とってもとっても大変な銀座時代。
常に恐怖が隣りあわせの日々でした。
シェフの特徴を改めてご紹介したいと思います。
料理に対してはとても真剣で、妥協が大嫌い。
義理人情に厚く、武闘派である。
喧嘩が強いのが自慢。
まあ当時のシェフは暴力をふるう人ばかりでしたので、
よくいるタイプの人でした。
仕込みが間に合わないとぶちぎれる人も珍しくありませんでした。
とにもかくにも怖いわけで、キレたら大猿に変身して悟空ばりに、
制御不能となります。
そしてなぜだか賄いに異常なまでに厳しい方でした。
私もいろいろなシェフの元で働きましたが、賄いに対する厳しさは
ダントツでした。
使う食材の金額にはもちろんのこと、品数や味にも厳しく、
初めて賄いをつくったときにしめじを2パック注文したら
「今日はリッチな賄いなんだね」
と言われ膝の震えがとまらなくなりました。
2パックで200円です。10人前なので一人当たり20円です。
スープも作らないと切れます。
ポトフという野菜と肉をスープで煮る洋風おでんのようなものを作った時に、スープを作らなかったらめちゃくちゃキレてました。
おでんとスープ一緒に食べます?
他にもこだわりが強く、とんかつにはからしがないと発狂します。
後輩が洋風に仕立て、マスタードソースをかけて作ったところ、
からしが無いという理由で殴られてました。
もう賄い事件簿だけで本がかけます。
時間が無くてパスタだけの賄いを作ったやつは、
翌日から見なくなりました。
そして最も恐ろしいのは時間厳守です。
レストランでは営業の準備が優先なので、賄いは二の次です。
当然忙しいときは簡単なもので済ませるところもあります。
どんなに忙しくても開店時間を変更することはできませんから。
しかしこのシェフはどんなときも賄いの時間が遅れることを許しません。
5分遅れたらふてくされて、ハンガーストライキに突入します。
そして営業中お腹がすくので、機嫌が悪くなりキレます。
なので賄いが遅れるということは、チーム全体が死ぬこととなります。
当然こちらも遅れないように工夫しますが、なぜか早くてもキレます。
一度10分前に準備ができましたと報告したところ、早すぎると怒られました。
また早く準備して時間になったところで声をかけると、賄いが冷たいと怒られます。
つまり16時が食事の時間だとして、15時55分から16時の間に完成させ
なければいけないということになります。
正直お客様の料理より気を使ってました。
こうして毎日ベリーハードモード賄いとなるわけですが、
調理場のガスも4口しかなく、確実に1口はシェフが使っているので、
実質3口です。
その日は後輩が賄いを作っていたのですが、
嫌がらせの様にシェフが3口使っていました。
残り一口で頑張っていましたがどう見ても間に合いません。
そこで私も手伝うことにしました。
のこり時間は15分。
非常に厳しく絶対に負けられない戦いが始まりました。
刻々と迫る時間、時計の針は遅く進むことなどなくどんどんと16時が
せまってきます。
私もなんとか間に合わせたいので必死です。
残り3分となり、なんとか盛り付けを開始。
ここで私勝利を確信しました。
あとはスープを盛るだけです。
油断することなくスープをしっかりと温めます。
ちょっとでもぬるいとアウトです。
というか普通の人が熱くて飲めないほどでないとアウトです。
スープを温めて沸騰しました。
時計の針をみると15時59分。
間に合いました。
盛り付けようとしたその時。
シェフがブチぎれました。
なんでか最初意味がわからなかったのですが、
よく見ると時計は16時00分1秒です。
そうです1秒過ぎただけでキレています。
もうスープ盛ったら食べられるので、なんなら30秒後には食べられます。
とはいえ大猿に変身してるので手遅れです。
その後葬式の様な雰囲気で賄いを食べ、
夜の営業でキレ散らかされたのは言うまでもありません。
箱根駅伝ですらここまで厳密にスタート時間厳しくないはずです。温情など1ミリもありませんでした。
あらためて我々のおかれている立場の低さを再認識したあの日。
どうして賄いにここまで執着していたのか今でも謎です。
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