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#11 一体何しにきた?

銀座で働いてたのは2000年代前半。
当時の飲食業界は暴言、暴力は当たりまえという状況でした。
有名シェフの武勇伝はよく聞いていました。
今でも数は減りましたが、殴られて修行している方もいます。
恐ろしいですね。

そんなわけで銀座は別格としても、他の店舗でも惨劇は起きているわけで、
私がいた商業施設の店舗から若手が移動になりました。
状況は私と同じで、ポンコツなので殴られすぎて辞めたいとのことでした。
私がなぜか続いていたせいで、かつての野村再生工場のように思われたのでしょうか?
彼の名前は豊島君。私も前の店舗で1週間ほど一緒に働いていましたが、
そのときは私が毎日殴られていたのでほぼ記憶にありませんでした。
私が去った後に肋骨を折られ退職した先輩が辞めてしまい、
その後ターゲットにされていたのだと思いました。

ところが話を聞くとこによると辞めたいと伝えたわけではなく、
銀座に移動したいと自ら申しでたそうです。

仕事が激務なのと暴力に耐えられず、銀座に逃げてきました。
商業施設のシェフは気に入らないスタッフに対しては血も涙もありません。
180㎝もあり空手の経験者です。
正拳突きはドラクエ6のハッサンを彷彿させる威力です。

豊島君は銀座店では最年少となり、とりあえず鍵番となりました。
鍵番は1本しか無く、鍵番の人は一番始めにお店に来て鍵を開けて準備をしなければなりません。
ちなみに鍵番が寝坊してしまうと、シェフが来るまでお店に入れず大幅に仕込みの時間がなくなり、死にかけます。
豊島君が移動になったことで、銀座から一人旅立つ人もいました。
私の先輩です。
当時前菜を先輩とやっていたときで、私より仕事が出来る人でした。
それでも週に一度は泊まっていたときで、その先輩が抜けて豊島君が加入するということは、どう考えても仕事が終わりません。

鍵番なので、とりあえず朝は早く来るのですが仕事はまだまだなので、
私のセクションは崩壊し始めました。

豊島君が加入したことにより、私は帰宅困難に陥ります。
まあ当然なんですけど。
鍵番なので普段は帰ってもらっていましたが、(私は泊まりです)
流石に週末は間に合わないので徹夜してもらい、
なんとか乗り切っていました。

豊島君は来て早々やらかします。
鍵を無くしました。
お店の鍵を無くすということはとても重大なミスです。
高級なワインがあるお店です。鍵が見つからなければ丸ごと交換しなければいけません。
シェフが店を探せと言いだします。
お店の中にあるわけもないのですが、シェフの目はもうバッキバキです。
当然部下の不始末なのでシェフが怒られる訳ですが、お店にあるわけもありません。しかし捜索は5時間にも及びました。
こうして一切仕込みができないので状況は火の車とかします。
帰れないし寝れません。もちろん鍵を探していたから仕込みは終わらなくてもいいなんてことにはなるはずもありません。
地獄の1週間でした。

ちょうど3週間位働いたとき、商業施設の店舗が欠員がでたので、
一日だけヘルプに来てほしいとのことで、豊島君が派遣されました。

そこで豊島君が衝撃の発言をします。
「もどりたいです。」

銀座はみんな毎日徹夜しているのでついていけないとのことでした。

一度説明しているとは思いますが改めて解説しますが、
徹夜していることは一応内緒です。
バレたらいろいろ不具合が起きますので。
シンプルにキレられます。
それを堂々と暴露されてしまいました。
いやいやお前が鍵を無くしたからだろ!
それでも豊島君は1日だけの徹夜です。
私は4日の徹夜です。
恩を仇で返すとはこのことです。

何故か私と両店舗のシェフと豊島君の4人で面談が始まります。
繁忙期でも無いのに徹夜しているとはどういうことだと
問い詰められました。恐怖で頭が真っ白です
まずいです。もし徹夜が公になれば会社としてはシェフの管理能力の低さを問い詰めるわけです。
そうなればめちゃくちゃ不機嫌になります。
その後の奴隷の処遇は想像できません。
「してません」
徹夜はしていないと隠蔽を図ります。
ここで私が否定しないと、我々全員死にます。
毎日徹夜してるとバレたら、考えただけでも恐ろしいです。
「は?」嘘をつくなと言われます。
しかし私も迫真の演技で徹夜は一日だけしたが、
電車がなくなってしまったので致し方なくしたと、
訳の分からないことを言ってました。

銀座のシェフは単純な男なのでだまされます。
「こいつが嘘をついているとは思えないし、嘘をつく理由もないよ」

やっぱり自分のことを客観的に見るのは難しいですね。
徹夜が公になった後の自分のことが見えていません。
とりあえず騙せそうだなと。

結局私の主張は通りました。豊島君は前の店舗に戻ることになりました。
自ら移動を申し出た人間の心を、ひと月もたたないうちに折るという
恐ろしい店舗とシェフです。

私はその後他のスタッフから勇者あつかいされます。
よく嘘をつき通したと。

今思えばあの時我々は何を守っていたのでしょうか?
まるで自ら徹夜を望んでいるのか?
ストックホルム症候群に近い感情だと思われます。

豊島君が去り、抜けた先輩は帰って来ないのでスタッフが一人減りました。
一体彼は何しに来たんだろうと?
嫌がらせしかしに来てません。
ただただ混乱を招いた事件でした。
そして被害のほとんどが私に降りかかるという結末。

今はいい思い出です。



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