心は本品よりもサンプルに華やぐ (2024年1月20日)
カーテンの奥から漏れてくる光が弱く、まだ早朝かと思ったら8時。どうやら曇雨天らしい。
昨年末から生きかたと働きかたに悩まされている連れあいは、最近もう朝食をとらず、コーヒーしか用意しなくなった。朝とはいえ食欲が減衰しているのは病理に近づいているような気がして、居ても立ってもいられない。でも私にできることは結局ほとんどないのだ。彼自身の問題をなるべく焦らず焦らせずとなりで見ているしか。
彼が髪を切りに出ていったので、こちらは家のこまごまとした用事を片付けた。
昼ごはんを近所のコンビニで買うと、特定の飲み物を無料でもらえるとかいうレシートクーポンが発行された。ん? なんの条件もなくただ無料でもらえるだって? にわかに信じられず立ち止まってよく読む。ふん、ふん、うーん。どうやら新商品のお試しとかでもなく、マジでただもらえるということらしい。そんな生粋の無料、それなりに人生をやってきた私は急に飲み込めない。レシートを何度読みかえしても罠がないのが不可解なまま、一応捨てずに持ち帰ることにした。
美容院から連れあいが帰宅。ワックスをたっぷりつけられた髪がつやんとしている。雨だし寒いしもう家から出るのがめんどうだと言っていたがせっかくかっこよくしてもらったことだし、ずっと家にいると気が滅入るものなので、ちょっと無理にでもと連れ出し画材屋へでかけた。彼はまた最近ひさびさに絵を描きはじめているのだ。
食材も買い込んで一度帰宅。食材の買い物の支払いのときにPontaポイントがずいぶん貯まっているのをふと発見した私の脳には、びっくりマークが立っていた。突然に心がいきいきとし、また一人いそいそと街へ出る。
百貨店の化粧品売り場でカネボウに直行。目当ての商品をすぐに見つけ、3,300円をすべてポイントで支払う。この流れるような購入に、お店の方はすべて理解した顔つきで「きもちいいですよね」と言った。そうなんです。ふだん積み重ねている必要な買い物が、こうして用意なく祝われる爽快感よ! 心構えのなさが重要なので、私はポイントの貯蓄にあまり気をかけないようにしている。
百貨店の化粧品売り場でなにか買うと、おまけでそのブランドのサンプルをいくつかつけてくれる。化粧品が小分けにされたパウチや小さなボトルなどをこまごまとたくさんもらえると、とってもうれしい。目当てにして買いに行った本品以上に、もらったサンプルのほうに心が華やぐ。
家に帰って、持ち帰った品々をひとつひとつ丁寧に袋から出し、いただいたサンプルがどんなものかをじっくりと見る。厚手の紙にきれいに印刷されたパンフレットを読む。その時間がたまらないのだ。まだ私の知らない、自分の肌によさそうなものがほんの数グラムだけ入った袋、数mlだけ入った小ビンを横一列に並べて眺め、存分に味わう。それから洗面台の化粧品コーナーに収納する、その瞬間もうれしい。
別にお化粧は得意でもないし凝ってもいないのだがスキンケアはすきで、人生でいちばん見続ける顔がぱっと明るく肌の調子がいいと元気がでる。だから新しいスキンケア用品やそのサンプルを見るだけで、肌の調子がよいときの元気が湧き起こってしまうのかもしれない。これをパブロフの犬という。
晩ごはんはひさびさに私が料理担当。鶏肉の水炊き風の鍋と菜の花の胡麻和えをつくった。菜の花っておいしいな。
食後、昨年途中で止めていたある日記本の続きを読む。うーん。時間をおいてみたけれどやっぱり私はあんまりこの本に乗れないみたいだ。でもこれからよくなるかもしれない。いまのところ、ずっと怒りとつらさが漂っている。本人がそういう言葉を書き連ねることで解消になっている部分もあるだろうが、さらにつらびたし(水びたし的な)になっているようにも見えて、私ならそんな日記をつける日々が耐えられない。ひるがえって私自身は、何かとたいへんな日々のなかでもおもしろくて楽しいことがあったのを忘れないでいたい、そのきもちをベースに日記を書いているのだと教えられる。でもどうだろう、この著者と同じくらいお金・時間・心に余裕のない暮らしだったら。とにかく読んで励まされるよりも暗さが伝染してくるような日記で、前と同じようにまたすぐに本を閉じてしまうのだった。
本を読んでいるうち予感もなく生理がきて、ひさびさに下着を汚してしまった。小さく血の滲んだパンツを見て、急に中学時代に引きもどされる。周りの友だちも生理が始まったばかりでうまく対処できなかった頃、体育でジャージに着替えたら制服より目立つから「血ぃついてない?」と数分ごとに確認しあっていた。自分の服の尻部分に血がついているかチェックしてもらえる相手なんて今はいない。あんなことですらかけがえなかったのかよ。
下着を手洗い、血はお湯で洗えないから冬は堪える。念のため漂白剤をつけて洗濯機でも仕上げ洗いをしたいから、ついでに他の洗濯物も。静かな夜に洗濯機をまわすのは嫌いじゃないし、部屋の乾燥も和らぐぞとホイホイやった。
【よかったらお読みくださいシリーズ】
▼日記以外の読み物
▼はじめて自作の日記本『不在日記』を発売しました!(在庫僅少)
▼写真家の服部健太郎さんとやっている聞き書きプロジェクト
▼友人ふたりと読んだ本について書いている共同マガジン