「もし私が死んだらどうする?」
あの時の無邪気な問いに君は笑って言った。
「俺も一緒に死んで、君と一緒に暮らすよ。」
そう言って私の頭を撫でた。
2人でパフェを分け合いながら、向かい側のソファにいる君は私のことを優しい目で見つめる。
「じゃあ、俺が死んだらどうするの?」
「そりゃあ_______」
ゆっくりとその景色が、目の前の少年の熱った表情と重なる。
いま、少年は私に好きだと伝えようとしている。その言葉を聞きたいような、それを聞いたらあの頃の生クリームの味を忘れてしまうような、こわばった思考で混乱した私は涙をこぼした。
私はあの頃彼に笑って話した回答を思い出せない。今必要な回答が思い出せない。
無意識に空を見上げてしまった。ねえ、私あの時なんて言ったっけ?
「忘れられませんか。」
少年は私に問いかけた。
「ごめん。」
私はなぜか謝ることしかできなかった。
「ねえ、君は」
自分でも声が震えているのがわかった。
「私が死んだら、どうする?」
冗談っぽく言ったはずなのに、涙が止まらなかった。
「僕は生きます。」
彼は力強く言った。
「貴方の分まで、
貴方の愛したあの人の分まで」
私はたまらずしゃがみ込んでしまった。
彼はそっと私に近づいて、強く私を抱きしめた。
「貴方にその日あったことを毎日伝えて、
貴方のお墓に毎日行って、
貴方の墓石を毎日綺麗に磨いて、
貴方の大好きな駅前のフルーツサンドを持って、
貴方と初めて見た桜を季節外れでも買いに行きます。」
子供のように泣きじゃくる私の背中をさすりながら言った。
「でも、彼のところに行く時は、僕との記憶を持っていってくれませんか。」
そう言って私の手を握った。
「忘れられなくて構わない。一生想っていてくれて構わないです。いや、むしろ彼のためにそうしてください。」
下を向く私の顔を覗き込んで彼は言った。
「僕は、貴方が好きです。」
「私も、好きだけどさ、でも___」
「貴方の中に順番がないことはわかっています。でも僕はあえてこういう言い方をします。」
握った手に力が籠る。
「僕は貴方の何番目でも何十番目でも何百番目でも一緒にいたい。
あの人と違って僕は、勉強もできないし運動もできない。映画を見ながら泣く貴方にハンカチを渡すタイミングに気付けないで自分が泣き出すかもしれないし、貴方を喜ばせるサプライズはすぐにバレてしまうかもしれない。
鈍感で、不器用で、何もできない僕だけど、
貴方が流す涙を拭って抱きしめることは、
今は僕しかできない、と思ってます。」
私はたまらず彼の首に手を回した。
「今は、その役目を全うさせてくれませんか。」
私は今入る力の全力で頷いた。
彼は少し体の力を緩めて、私を力強く抱きしめた。
「もし僕が死んだら、
僕はこんな不器用な奴だったんだって、
酒の肴にしてください。
そして時々僕のことを思い出して、
僕が今日から与える幸せを、
僕なりの全力の幸せを、
少しだけ懐かしみながら、
僕と同じくらい、
彼と同じくらい、
大切にできる人に出会って、
目一杯の愛を受けてください。」
私はもう一度頷いた。
「大丈夫、貴方が幸せになれるように魔法をかけておきましたから。」
そういって微笑んで、私の手のひらを広げて円を3回書いた。
「幸せにします。」
涙で前が見えなくなった私にそっと口付けて、大丈夫、と呟いた。
っていう経緯なんだけど。
ごめんね、私はまだそっちには行けないや。
まだこっちで幸せにしたい人がいるの。