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音楽家にとっての運命の分かれ道。

『良い指導者とはどんな人?』

そう尋ねられたら、「生徒さんの転換期をスムーズに導ける人」と答えます。つまり、生徒さんのステージをスムーズに引き上げられる先生のことです。

地道に小さなステップを積み重ねているだけでは、ステージが上がることにはなりません。日々の小さな積み重ねは、言うまでもなく大事なことです。けれどもステージが移り変わっていくためには、人に引き上げてもらわなければ進めない、そんなトランジットが存在します。

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本能のままである時期

成長し続けていくためには、積み重ねていく時間と、人に引き上げてもらうことの両方が必要です。
とは言っても、引き上げるだけが先生の仕事、というわけではありません。一緒に伴走するのも先生の役目です。私たちは普段「レッスン」というよりは、一緒に練習する「ワーク」というスタイルを大事にしています。これは言ってみれば日々の「メンテナンス」のようなことでもあります。

練習は上達するために行うものですが、単に練習すれば上達するわけではありません。上達するための練習ができるようになるには、時間がかかります。練習で間違ったことを繰り返してしまえば、それが癖になり、逆効果を生むことになります。間違った練習で、成長を阻むような余計な時間を費やしたくはありません。そのためにも、正しい働きかけで、先生と一緒に練習する方が、最短距離で上達していけます。

この時期は、先生に言われたことを、素直に受け入れて、ただ何も考えずにやることが大事です。何をするべきかを考えるのは先生の役目です。生徒さんは先生の導きに身を委ねて、ひたすらに体の感覚に慣れていく時期です。

特に年齢が若く、本能のままに演奏できているうちは、体の使い方についての知識は必要ありません。演奏のメカニズムなんて理解していなくても、先生の言われた通りにやっていれば上達していけます。「聞く力」「感じる力」を育てながら、あとは実践あるのみです。

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転換期

できればその後も、生まれ持ったセッティングを守りながら、それを損なうことなく、発展し続けていけるのが理想です。けれどもそのためには、越えていかなければいけない転換期があるんです。ステージが変わっていかなければ、それ以上の発展はない、ということです。

ここで次のステージに上がっていくためには、今まで積み上げてきたものを一旦手放して、新たな基礎をインストールし直す必要があります。コンピューターでいうと、新たなOSをインストールし直す、そんなイメージです。

大人になって伸び悩んでいる人たちの中には、「若い頃はもっと伸び伸び歌えていたのに。なんで昔のように歌えなくなってしまったんだろう?」と感じている人も多いのではないでしょうか。その理由はまさに、転換期をうまく乗り越えられなかったことにあります。

転換期は誰しもに訪れます。人間として生きている以上、年齢を重ねていけば体が変わります。思考も変わります。それに伴ってバランス感覚が変わります。今までと同じように演奏を続けていくと、バランスを崩しやすくなります。そしてそれによって様々な不具合が生じることになります。

ここで大事なことは、転換期を迎えて、その後問題が起こってしまってからでは遅いということです。その手前で準備が必要なんです。一度問題が起きてしまうと、それを修正するためには、想像以上に時間がかかります。年単位で時間がかかってしまうこともあるくらいです。できることなら、そんな事態は未然に防ぎたいですよね。

では、転換期を迎えるにあたって必要な準備とはなんでしょうか?

それは、ボディマッピングをして、体の使い方を覚え直していく、ということです。体のセッティングの見直し時期、とも言えます。

ボディマッピング:自分が認識している頭の中の「体の地図」を新しく書き換えること。

アレクサンダーテクニーク

ここで、この転換期をスムーズに移行していくための助けになってくれるのが『知識』です。この時期こそが、体の機能についてのメカニズムを知って、知識を増やしていくときです。そして、その仕組みを理解した上で、それを感覚に繋げていく、という練習が大事なんです。

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自立できるようになる時期

大きな転換期以外にも、私たちの体は少しずつ変わっていっています。それに伴って、感覚も少しずつ変わります。体の感覚が変わることは、基礎が変わるということでもあります。基礎も日々少しずつ変化していってるんですよね。基礎が根っこのようなものだとすると、根っこが少しずつ移動するようなイメージです。だからこそ、日々自分の感覚と向き合っていくことが大事なんです。『毎日まっさらな気持ちで練習するのよ!』これは私がいつも生徒さんに言っていることです。

感覚が研ぎ澄まされていくと、日々の小さな変化にも気づけるようになっていきます。そして、ここでもまた『知識』が大きく役に立ちます。
知識があれば、日々自分で、自分の感覚を修正していくことができるようになるからです。自分で自分をチューニングできるようになるんです。

ここまでのことで、ようやく本当の意味での「自立した練習」ができるようになります。自分で自分を育てていける、自分が自分の先生になっていける、ということです。

生徒を自立させるのが、先生の一番の仕事です。そのためには越えていかなくてはいけないトランジットがあります。このトランジットこそが、音楽家にとっての運命の分かれ道だと思うのです。

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