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レパートリーは自分の声が知っている。

オールマイティでなくても良い。

そう思うようになった理由は、何よりも自分らしくあることを大事にしたい、そう思い始めたときからでした。

ニューヨークでコンクールやオーディションに挑戦していたころ、いつも私を悩ませていたのが、レパートリー選びでした。アリアを3〜5曲揃えること。しかもそれらは、様々な言語、作曲家、時代、スタイルの曲から準備しなくてはいけませんでした。オペラアリアだけならまだしも、オペレッタ、ときにはミュージカルシアター作品まで、必要条件は多岐に渡りました。

「これもあれも歌えます。バレエの経験もあります。芝居もできます。」そんなふうに、度胸があって器用になんでもできる人たちが周りにたくさんいました。自分もそうならないといけないんだな、とずっと思っていました。プロになるためには色んなことができないといけない、と。

今は全くそんなことは思っていません。むしろそんなカオスなレパートリーを、ちゃんと揃えられる人なんているんだろうか?とすら思います。

『声を聞けばその人がどんな人かわかる。』これはフランコがよく言っていたことです。声はその人を映す鏡のようなものだ、と。本来、自分を飾り立てるような自己アピールなんてしなくても、一声聞けば全てがわかることなんですよね。

私はフランコに出会うまで、自分の本当の声を知りませんでした。喉も大して使うことなく歌っていました。持っている楽器(声)のごく一部しか使っていなかったんです。

本来の声が現れたときというのは、それは受け入れざるを得ないくらいに『声=自分』でした。これが自分の声なんだ!という衝撃を受けたのを覚えています。好きも嫌いも、良いも悪いも関係なく、「これが自分なんだ!この事実からは逃れられない!」それくらいのことでした。

自分の声が好きになれない、ということをよく聞きますが、歌手にとってそれは、自分のことが好きになれない、と言っているのと同じくらい大問題なんですよね。好きになれないうちは、まだまだ本当の自分の声に出会っていない、ということだと思います。

本当の自分の声を知っていくにつれて、自分が心地よく表現できるレパートリーもクリアになっていきます。レパートリー選びで迷うことがなくなります。そして、自分の声に合ったレパートリーは、必然的に自分のキャラクターにも合ったものになります。『声=自分』だからです。自らが曲に合わせに行かなくてもいいんです。自分と声が一致していれば、私らしい表現が成立する、ということです。


自分に合ったレパートリーがある程度定まったら、それを軸足にして、さらにレパートリーを広げていくことも可能になります。そこで気をつけたいことは、軸足がブレないように、範囲を広げ過ぎない、ということです。

声というものは繊細なもので、自分と大きく乖離したものを歌ってしまうと、いとも簡単にバランスを崩してしまいます。そして一度崩れると、取り返しのつかないことにもなりかねません。声の特質として、軽い声を重くしていくことはできても、一度重くした声を軽くすることはできません。

レパートリー選びを誤って、歌手生命を縮めた歌手は山のようにいます。

自分と一致したレパートリーというのは、「我が家」のように、エネルギーをチャージしてくれる存在なんですよね。いつでも安心して帰れる場所でなければいけません。

まずは軸足となるレパートリーを確立すること。そこからは軸足がブレないように、注意深くレパートリーを精査すること。長く歌っていくために大事なことです。最初は、信頼できる先生と相談して、選んでいけたら良いと思います。

レパートリー選びはいつでも慎重に!

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