声が発展していくプロセス
声のトレーニングをしていると、どうしても伸び悩む時期というのがやって来るものです。調子良く伸びていける時期もあれば、パタっと成長が止まったように感じられる時期もあります。それは誰しもが経験する道です。
今回は、その時期を乗り越えていくために、知っておいた方が良いことについて書いていきます。
イリヤンが、クラリネットのマウスピース職人のリコスティーニさんと、オリジナルのマウスピースを製作していたときのことです。
イリヤン:「ここをほんの少しだけオープンにして欲しいんだけど。」
イリヤンのリクエストに、リコスティーニさんはこんな風に応えました。
「全体のバランスがあるからね。少しだけオープンにするにしても、ゼロから作り直さないといけないよ。」と。
素人感覚だと、その部分だけチャチャッと削れば済む話なんじゃないか、と思ってしまうのですが。そういうことではないんだ、ということをその時に知りました。そして、言われてみれば確かにそうだな、と納得しました。
歌のレッスンをしていて、生徒さんが新たなレベルへとシフトしていくのを見守りながら、いつもこのリコスティーニさんの言葉を思い出します。
ほんの小さなステップであったとしても、そのためには全体で変わっていかなくてはいけません。
全ては繋がっているからです。
ほんの一部のことが少し動くだけでも、それに伴って全体のバランスが変わります。
そこで多くの生徒さんが驚きます。
「先生!全然違います。私、間違ってました。またゼロからです。」
今までやっていたことと、あまりにも感覚が違い過ぎて、呆然としてしまう人もいます。またやり直しか・・・。そんな気持ちもわからなくはありません。
けれども、そこで立ち止まっている場合ではありません。
それこそがプロセスなのです。
いつでも、変わるときは全体で変わっていくものです。
プリンシパルとなる、演奏の仕組みそのものが変わることはありませんが、神経支配が筋肉の隅々にまで行き届くようになり、筋肉のバランスが変わると、今までやっていたことと全く違った感覚を覚えるのは普通のことです。
だからといって、以前やっていたことが間違っていたのかというと、そうではありません。
「間違っていた!」と思ってしまう根底には、「何かを正しくやりたい」という思いがあるからです。
「綺麗に歌おう。正しく歌おう。」という考えは、声を磨いていく過程においては妨げになります。
『僕が知る限り、路子は5年間くらいずーっと音程が悪いままだったよ。』
イリヤンが私の生徒に言っていたことです。
本当のことです。笑
私は、ずーっとピッチが定まらないまま、音程悪く歌っていた時期がありました。わかってはいましたが、それをそのままにしていました。
『ピッチが悪いのを直しちゃいけないよ。』
先生にそう言われていたからです。
全てはプロセスなのです。
声をトレーニングしていくためには、RAW VOICE(ありのままの声、生の声、原料のままの声)を掘り起こしていく必要があります。
それはまるで温泉を掘り当てるようなプロセスです。
掘って掘って、掘り下げて・・・
そうしているとある日、ダイアモンドの原石が突如として現れます。
そこからようやく、その原石を磨いていくプロセスが始まるのです。
多くの生徒さんたちは、まだ原石も現れていない状態のうちから、「うまく歌おう。綺麗に歌おう。」としてしまいます。
その心理から生み出されるものが、『FAKE TOOL』(誤魔化し術)です。
FAKE TOOLとは、まだ原石(ありのままの声)が現れてもいないうちから、手っ取り早く声を取り繕って、なんとかそれっぽく(上手そうに)聞こえるようにするために使われる術です。
実際に、偽物のビブラートで声を取り繕っている歌手はたくさんいます。
そしてFAKE TOOLは、ほぼ無意識で使われ続けていきます。その結果、取り除けないほどの「癖」になっていくのです。
まずは、「歌おう」という考えさえも一旦脇に置いて、声を開放するところから始めなくてはいけません。
荒々しくて、雑味があって、決して美しいと思えない声が現れても、それで良いのです。
ありのままの声を発掘していくためには、今ある自分の全てにOKを出していかなければいけません。どんな声が出てもOK!そこには正解も不正解もありません。
昨日と今日とでは、全く違ったことをやっているように感じるほど、感覚が変わることもあるでしょう。
その変化を「間違っていた」と捉えるのではなく、プロセスなんだ!これでOKなんだ!と受け止めることです。そして、脱皮していくように、移り行く感覚を味わっていくことです。
ありのままの声を掘り下げていくための練習は、ひとりではできません。必ず指導者のガイダンスが必要です。
生徒さんが感じていることを同じように感じて、その感覚をさらに奥深くへと誘導しながら発展させていく。これが私がレッスンで生徒さんと一緒に行っていることです。
生徒さんの感性が開いて、声を開放できるようになっていけばいくほどに、奥へ奥へ、深く深く、声を掘り起こしていけるようになります。
レッスンが終わったあとは、生徒さんたちみんな、崩れ落ちるように放心状態になります。笑 当然の反応です。全身全霊で声を開放するということはそれくらいエネルギーのいることなのです。
まさに自分との真剣勝負。それくらい自分と必死に向き合える生徒さんのことを、私は尊敬しながらいつも見守っています。
それくらいまで真剣に向き合えるようになってくると、邪念や雑念は頭から消え去ります。「うまく歌おう、うまくやろう」という緊張状態からも抜けていけるようになります。
それが声が発展していくプロセスです。開放が起こり、自分がクリアになっていけばいくほどに、音楽と自分との距離も縮まります。音楽がよりシンプルに感じられるようになっていきます。
本当の意味で音楽の話ができるようになるのは、そこからですよ!
あきらめず、粘り強くやるべきことをやっていけば、必ず道は開いていきます。大丈夫ですよ。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
今日も良い1日を!