It might as well be spring 春の如く
穏やかな木漏れ日が降り注ぐある春の日、僕は同年代の女性ピアニストと結婚式の営業の為のリハーサルをしていた。
この当時は横浜を中心にギグをやりながら、結婚式などの営業的な仕事もこなし。 フラフラになるまで練習した日々の成果が開き始め充実した毎日を送っていた、僕は20代後半の青年だった。
どちらかと言えば整った顔をしていたこともあり、お芝居の話をいただき当時流行したミニシアターブームにのり、単館上映されたある映画にトランペッター役で出演したのもこの頃だ。
余談だがこの映画で今をときめく眞島秀和と共演している。
後々に唇を傷めドン底の日々を味わうなどつゆ知らず、時折気が向いた時に歌うスタンダードも評判がよく、自分が和製チェットベイカーにでもなったつもりでいた。
その日のリハではスタンダードのバラードを数曲を合わせたが、ピアニストの彼女とも共演を重ね息が合い始めた頃で、とてもスムーズにリハーサルが終わった。
美人で知られる彼女は、僕のトランペットとフリューゲルホルンを引き立たせながら自分らしさも表現する素晴らしくリリカルなピアノを弾いていた。
リハが終わり帰ろうとすると彼女が唐突に口を開いた。
「話したい事があるの、少し時間いい?」
彼女はいつもより真剣な顔つきだ、いつもの穏やかそのものの柔和な顔つきが、少し険しいものになっている。
取り立てて用もなかったので、桜の名所である大岡川沿いのベンチでコーヒーを飲みながら話をすることになった。
ベンチに肩を並べ座ると目の前には満開の桜が広がっていた。
春先特有の強い風に飛ばされた桜の花びらが大岡川の川面を美しく装飾していた。
彼女の長い黒髪にも桜の花びらがいくつか舞い降り、それが彼女の美しい顔立ちを際立たせている。
それにしても何の話だろうか、もしかしたらあれかだろうか。
先輩ミュージシャンからは散々「ミュージシャン同士はやめとけ」とよく言われていたけど。
上手くいってるミュージシャン同士のご夫婦だっているじゃないか。
長いあいだトランペットとピアノの練習に明け暮れていた事もあり、久しく恋人もいない。
それに彼女はとても性格も良くしっかり者で美人だ。
彼女は正面を見据えたま、意を決したようにこう言ったのだ。
「お芝居はやめた方がいいよ、映画見たけどお芝居むいてないよ」
桜の花びらがハラハラと宙を舞っていた。