60歳の生き方シリーズその②〜やりきるということ
こんにちは。みるださんです。
日本人は大人になると本を読まないと言われますが、私もその通りで、仕事や家事や育児のせいにして殆ど本を読まずに生きてきました。
そんな私はコロナ禍中の暇な営業のおかげ(笑)で店内でお客様を待つ間、よく本を読むようになりました。
メルカリで簡単に中古の本が買えるようになったことも理由の一つかもしれません。
特によく読んでいるのが「生き方」に関するもので、
脳科学を研究されている黒川伊保子さんの書かれた
「60歳のトリセツ」という本が好きです。
その中に
いい学校を卒業して一流会社に就職し、何不自由なく暮らすというボタンと
何があるか分からない波乱万丈の一生を送るボタンとがあって、
どっちを押したいか、もしくは自分の子供にどっちを選ばせたいかという一文があって、
もちろんどちらが正解ってことはないけれど、
羨ましいのは前者だけれど
選ぶのは後者だなという完全に矛盾した選択になりました。
しんどいことや辛いこと、できれば経験せずに終わりたい気持ちはあるけれど、それがなかったら人生は潤わないとも思うんです。
私がカフェの経営をやっていて、
同じ飲食業でも、ましてや他のサービス業にも全く歯が立たないってくらい儲からない生活をしていても、まだ辞められない、どこかにうまく行くヒントが転がっているのではと探しているのはそういうところにあるのかもしれません。
以前、ある方に
「物事をやりきった」というのは、
もう一度生まれ変わって、もう一度同じことをできますよって言われた時に
やらない選択をとることだと言われたことがあります。
そういえば、私の知っているカフェオーナーさんで
道半ばでお店を閉じられた方は全員
「もう一度リベンジしたい」とおっしゃるのですよね。
ご自身の中で、やりたかったけれどできなくなってしまったという後悔があるのかもしれません。
私は、同じ質問を今されたら
100%「やらない」と答えます。
休みなんてない、毎日午前様(えっ、私のやってるのカフェですけど…って思いながらフラフラで仕込みしてました)売上の悪い日に外からは見えないトイレの前で泣いて、それでも8年やって来てようやく答えにたどり着きました。
先日の定休日に少し早めの芒を見に行きました。
今はこうやって自然の作り出す光景を見て、残りの自分の人生に思いを馳せることができるようになりました。
60歳からは
その人に本当に必要なものや記憶しか残って行かないらしいです。
さて、私のカフェオーナーとしての人生は、
いつまで「必要」だと残って行くのだろうか。
急に涼しくなった空を見上げながらそんなことを考えました。
そんな私は40歳、50歳限定でお話聞いています(若い人は自力で頑張れ(笑)⇓⇓