真面目さと可愛げのなさと逞しさと
私の職場では、コピー機の用紙補充は気づいた人が行うようになっている。観察していると、コピー機の使用頻度は皆一様に同じくらいだが、用紙を補充する人はだいたい決まった少数の人だから不思議だ。とは言え、どこの職場もだいたいこうなのではないだろうか。
使っている途中で用紙切れを起こし、やむを得ずイライラしながら補充する人、用紙補充のお知らせメッセージが表示されていてもギリギリまで補充せず自分の番を切り抜けようとする人。
本当にいろんな人がいるなと思う。
私はというと、よほど急いでいる時を除き、お知らせが表示されていたら補充してから席に戻るタイプだ。自分までは使えて次の人が紙切れを起こしたら、何だかとてつもなく申し訳なく思ってしまうから。そんな小心者の感情は抜きにしても、単純に、次に続く人が困らないように…ただそれだけのことだ。
社会人1年目の頃に、私の祖父と同じくらいの年齢であった大ベテラン嘱託社員の大大大先輩とお話していて「職場に限らず、トイレに入って紙が少なかったら補充してから出たり、そうやって次のことを考えて行動するのが社会人であり、その考えで仕事をすればうまくいくもんだよ…と、俺は思うんだけどね…。」とさらっと控えめに照れくさそうに言われたことを思い出した。
仕事ぶりは去ることながら、いつも何かと気にかけてくださり、為になる話や助言をしてくださる大先輩をとても尊敬していた当時の私だが、その時だけは、そんなの当たり前の事だと思うけど…それだけで仕事がうまくいくのかな、なんて生意気にも思ってしまっていた。しかし、だいぶ大人になってその意味がわかった気がした。
世の中には、次の人のことを考えて行動する人が、思いの外少ない…気がする。
これはどちらが良い悪いという話ではなく。いろんな考えの人がいて当然なので、どちらの考えの人もいて当たり前。
ただ、自分が良ければ後のことまで考えないタイプが、どうやら私の想定より遥かに多いということに、四十年生きてきた今ようやく気づいたのだ。…なかなかの想定ミス。
だからあのとき大先輩は、控えめながらもぼそっと、私にとっては当たり前だと思っていたことを、丁寧に教えてくれたんだと。二十年越しに妙に納得してしまった。
そんな風に穏やかに助言してくれる大人が近くにいてくれたというのは、ありがたいことだと思う。本当に色んな人がいる世の中で、卑屈な小心者ゆえに生きづらさを感じることが多いものの、なんだかんだで私は人に恵まれているな…といつも思ってしまう。
つい先日、そんな私がせっせとA3用紙を補充していることに気づいたおばちゃん職員に「重いよね〜」と声をかけられた。
一瞬何のことかと思ったが、確かに私が手にしているA3用紙100枚は重い。単純にA4の倍だし…と思い「重たいですよね〜」と咄嗟に返したものの、あとから軽く自己嫌悪に陥った。
どういうわけか見た目で勘違いされることが多く、色白のか弱い女性と認識されることが多い。
しかし実際のところは、大抵のことは自力でなんとかしてきたタイプだ。
小心者ではあるものの、余計な気を使わずに済むから圧倒的に一人行動を好み、映画も旅行も一人が良い。あと色白なのは単に出不精だからなだけのこと。そして何より致命的だと思うのだが、人への頼りかたがいまいちわからない。
強がりでも見栄を張っているわけでもなく、シンプルに、人に頼るということが発想にないまま突き進み、根っからの真面目さがそれに拍車をかけて何とかせねばととにかく必死で進み、気づいたら一人で乗り切っていた…ということの繰り返しなのだ。
そして最近、気乗りしない自分をどうにか奮い立たせて粛々と実家の片付けを行っているのだが、やっとの思いで昔ながらの本棚の処分に踏み切った。
今と違い、昔の家具はなかなか重厚な作りものが多い。高さ180センチ、幅60センチの本棚を空にすると、すっと一人で持ち上げることができた。
これなら台車に乗せればマンション一階の敷地内のゴミ捨て場まで運べると算段し、粗大ごみ回収の手続きを踏んだ。
そして回収前日、いざ本棚を運び出そうとしたら重さのせいか台車がうまく動かず…。
そこで私は迷うことなく台車案を捨て、両手に軍手をはめて巨大本棚を一人で抱えゴミ捨て場を目指し歩き出していた。
その場で持ち上がりはしたものの、歩き始めて5歩で早くも限界がきた。しかし、もう歩みだしてしまったからには引き返せない!
…冷静に考えればそんなことはないのだが。
その時の私の心境としては、マンションの廊下を巨大本棚で封鎖して人が通れない状態を作り出している。誰かが来る前に早くエレベータホールへたどり着き、下に降りてゴミ捨て場まで行かねば!…としか考えていなかったのだ。
真面目さからくる謎の責任感と要領の悪さも手伝ってか、馬鹿力を遺憾なく発揮し、汗だくでなんとか本棚をゴミ捨て場まで運ぶことに成功した。妙な達成感を味わい、ガクガクする両腕をさすりながら一人家に帰った。
…大川栄策じゃないんだから、なんて、若者には通用しないであろう一人つっこみをしてニヤニヤしながら。
そんなことがあった直後のA3用紙100枚束は、重たくはないのだ。しかし、声をかけてくれたおばちゃんへ、同調して重たいと言った自分、周囲にあたかもか弱いと誤解を与える発言だったな…本棚抱えて運んだ女が何言ってるんだよ…なんて、軽い自己嫌悪に陥ったのだ。
おばちゃんは人を頼るのが上手い。何かと人に頼む。なんなら本来自分のすべき仕事も平気で人にやらせようとして、上司に軽くお叱りをうけていたりもする。
私からすると、そんな彼女はもはや何だか憎めない領域に突入しているのだが。私に彼女のような、人に甘える、頼るスキルが1ミリでもあれば、こんなに逞しい生き方をせずに済んでいたのかもしれないな…と、仕事もせずおしゃべりに興じるおばちゃんを見ながらぼんやりと思ってしまった。
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