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母の愛をきみに遺す


一家の名字:工藤
父親 賢一(真面目なサラリーマン)
母親 直子(重病で入院中の良妻賢母)
娘  優子(小1くらいのイメージ。素直な子)
祖母 摂子(直子の母親)
直子の担当看護師 山中さん(性別問わず) 
ナレーション(性別問わず)

全て兼ね役可。


優子「お父さん、お母さんのお見舞い、今日で3ヶ月目だね。
お母さん、早く良くならないかなぁ…?」

賢一「ああ、そうだな。
きっとすぐに良くなるよ。
優子の顔を見れば、元気になるって、
お母さん言ってたもんな。」

優子「そうだね!お母さんに会えるの、私、楽しみ!今日ね、学校で折り紙作って来たんだ!ピンクで可愛いうさぎさん!」

賢一「おー、すごいじゃないか。どんどん上手になってるな!
お母さん、きっと喜ぶぞ!」

ナレーション:2人は直子のいる病室へ入る。

優子「お母さん!調子はどう?
私ね、今日折り紙作って来たんだよ!」

直子「優子…、いつもありがとう!!
すごいね!とっても可愛いね!お母さん、すごく嬉しいよ!(頭をなでなで)

…いつも、寂しい思いさせて、ごめんね。
お母さん、もうすぐ帰るから、もうちょっと、待っててね。」

優子「大丈夫だよ、お母さん!
お母さんが早く元気になるのが一番だもん!
ね、お父さん!」

賢一「うん、そうだな、優子。よしよし。(頭をなでなで)
優子、これで好きなジュースでも買っておいで。」

優子「うん!ありがとう!
いつもの自販機に行ってくるね!」

ーーー

賢一「なあ、直子…
そろそろ、優子に本当のことを伝えた方がいいんじゃないか?
優子、毎日、お母さんが帰ってくるって、準備をしながら、楽しみにしてるんだ…

俺、それを見ているのが、辛くてさ…

あ、ごめん、俺が弱音なんか吐いてしまって。
一番辛いのは、直子なのにな…」

直子「ううん、辛いのは私だけじゃないのは当たり前よ。
むしろ、本当にごめんね。

でも…あの子が新しい学年を迎えるまで、持ちそうにないって…

賢一、ごめんね、こんな私と結婚したばっかりに…」

賢一「何言ってるんだよ。謝る必要なんか全くないよ。

人はいつか…
いつか…だけど…

俺は…直子と出会えて幸せだし、
優子も生まれてすごく幸せだよ。

諦めずに頑張ってくれてありがとう…

俺の方が、弱くて…ごめんな………」

直子「何言ってるのよ、泣かないで。
私が一番、幸せよ。
賢一、私を幸せにしてくれてありがとう。
人は、いつか必ず、死ぬもの…

私は、短い方になるのかもしれないけど、
賢一と優子のおかげで、たーくさんのプレゼントをもらったと思っているわ。

もし、私の姿が見えなくなっても、
永遠に、二人のそばに居るから。」

賢一「直子…俺は…直子が居ないと生きていけないよ…

ごめん…こんなこと言っちゃダメだな…しっかりしないと…」

直子「ううん、私が見ていられるうちに、いっぱい、私の前で泣いていいのよ。
それが、夫婦ってもんでしょ?」

賢一「直子………」

優子「お父さん?お母さん?
桃のジュースあったよ…
あれ、どうして、泣いているの?」

直子「優子、うふふ、また同じジュース買って来たのね。桃のジュース、好きよね。

ううん、大したことじゃないわよ。
昔ね、お父さんとお母さんがね、優子が生まれる前にデートして観た、泣ける映画を二人で思い出していたの。
優子にも、そうやって楽しめる人が、将来できるといいわね。」

優子「うん!私も、お父さんとお母さんみたいな、仲良しさんになりたい!」

賢一「優子……」

直子「優子、宿題、毎日、自分からやっていて、本当にえらいね。
優子は、きっといいお嫁さんになれるよ。
今日は、おばあちゃんのところにも行ってくれるかな?」

優子「うん!おばあちゃんのところ行く!!
おばあちゃん大好き!!」

直子「ふふ、良かった。
賢一、いつも仕事が忙しいところ悪いわね。
優子の送り迎え、よろしくね。」

賢一「大丈夫だよ、最近はそんなに業務が立て込んでないから。
直子、また会いに来るからな。」

直子「うん、待ってるね。優子、また土日にゆっくり会おうね。」

優子「うん!お母さん、大好き!!」

直子「優子、ありがとう。お母さんも、優子のこと、だ〜いすきだよ。もちろん、お父さんのことも、だ〜いすき。二人とも、帰り道、気をつけてね。」

優子「うん!!また、必ず来るからね!!」

賢一「直子、またな。
じゃ、優子、行こうか。」

優子「お母さん、またね!最後にぎゅーして!!」

直子「うん、またね!来てくれてありがとう!!優子!!優子は本当に可愛くていい子ね!!ぎゅーーー!!」

優子「(涙をこらえながら)お母さん、ばいばい!」

ナレーション:賢一と優子は、優子の祖母、摂子の家に着く。

優子「おばあちゃーん!!ただいまー!!」

摂子「優子ちゃん、おかえり。
賢一さんもご苦労様。いつも悪いねぇ。」

賢一「いえいえ、お義母さん、こちらこそすみません。
今日も優子のこと、よろしくお願いします。
また、仕事が終わったら、迎えに来ますので。」

摂子「お疲れ様。寒くなって来たから、無理しないようにね。

じゃ、優子ちゃん、あっちでおやつ食べようか。手を洗っておいで。」

優子「うん!!手洗いうがい、大事だもんね!行ってくる!」

摂子「賢一さん…直子のことは病院からも聞いてます。
本当にうちの娘が…ごめんなさいね…」

賢一「とんでもない…ただ、優子にいつ言うべきか、悩んでいて…」

摂子「そうね…こればっかりは、本人と、あなた達二人の話し合いに任せるわ…
私が歳のせいで、あまり力になれなくて、ごめんなさいね。
賢一さん、こういう時は辛いだろうけど、お体にだけは気をつけてくださいね。」

賢一「お母さん、十分、お力はお貸しいただいてます…僕が、不甲斐ないせいで、すみません…
体には、気をつけます。いつもありがとうございます…それじゃあ…」

摂子「賢一さん、ちょっと待って。顔を上げて。
ここまで来たら、お互いに謝るのは、もう、やめましょうか。
生きている限り、人生の長さに関係なく、泣いているより、笑って過ごしている時間が長い方が、得だもの。
これからは感謝して、ありがとう、って言いましょう。」

賢一「そうですね。ありがとうございます。それじゃ、失礼します。」

ナレーション:優子は宿題をしながら、祖母と一緒に過ごす。

摂子「優子ちゃん、今日も漢字、良く書けてるねー。えらいね!!
今日の晩ご飯は何食べたい?」

優子「……おばあちゃん……」

摂子「ん?優子ちゃん、どうしたの?」

優子「お母さん…もうすぐ死んじゃうの?」

摂子「…どうして?」

優子「…今日、お父さんとお母さんが話してるの、少し聞こえちゃったの。
死ぬ、とか、言ってたような…」(声が震える)

摂子「優子ちゃん、大丈夫、大丈夫だよ。
心配しないの。
安心して、優子ちゃんには、みんながついてるもの。

ねぇ、優子ちゃん、お母さんから優子ちゃんの名前の意味を教えてもらったことはある?」

優子「優しい子に、育つように、って、聞いたけど…
でも、この漢字は、難しいけど、優れているって意味もあるんだよね?
私はそんなにいい子でも、できる子でもないし…」

摂子「優子ちゃん、よーく聞くんだよ。
自分が優れているのも、人に優しくするのも、もちろん大事だけど、
周りの人に、たくさん優しくしてもらっていいんだよ。
人からの優しさを受け取ることも、とってもとっても、大事なことなの。
自分の優しさを受け取ってもらえるのも、人って嬉しいものなんだよ。

そして、一人だけで頑張らないのも、と~っても大事なことなの。

それに、優子ちゃんは、十分、誰から見ても、いい子で、努力できている子だよ。
お父さんも、お母さんも、おばあちゃんも、優子ちゃんのこと、心から誇りに思っているんだよ。」

優子「そうなんだね…おばあちゃん、ありがとう。
じゃあ、私のお母さんの名前の意味は何かあるの?」

摂子「そうね、亡くなったおじいちゃんが、
真っ直ぐな子に育つようにって、名前をつけたかな。
その通りになり過ぎちゃった気がするけど、それが、直子の良いところだしね。

そして、賢い賢一さんと出会って、優子ちゃんが生まれたの。

私には、みーんなのことが、宝物なんだよ。
子どもの名前には、親の愛が込められているんだよ。」

ーーーーー

ナレーション: このお見舞いがあってから数日後、平日の日中に、直子の容態が急変して、直子は突然、亡くなってしまった。
連絡を受けた、仕事中の賢一が、一番に駆けつけることになった。

山中さん「工藤さん、この度は…、、、こちらへ、お越しください…」

賢一「山中さん…直子は…」

山中さん「…ご案内いたします…こちらへ……」

ナレーション:安らかな表情の直子の遺体がある。

賢一「直子…直子!!直子ーーー!!
間に合わなくて…ごめんな…本当に…ごめん…!!!!!」

山中さん「…工藤さん、すみません、私たちの力不足で…まさか、こんなに急変するとは…
ご本人は、最後までよく頑張られたと思います。

このご病気でここまで長かった方を、私は見たことがありません…私達の方が、工藤さんには良くしていただきました…」

賢一「(泣きながら)すみません、取り乱してしまって…。
山中さんには、本当にお世話になりました……

間に合わなかったのが残念ですが…、
本当に、眠っているみたいに、安らかな顔をしてる…まだ生きてるみたいだ……」

山中さん「工藤さん、取り乱すのは当たり前です。
素晴らしい奥さんなのは、私たちも皆、十分存じ上げております。

あと、これ…私がお預かりしていたんですが、奥様が、旦那様にお渡しするようにと…」

ナレーション: 一通の小さい封筒が、賢一に手渡された。

賢一「え…葉っぱ?綺麗な緑色をしていますね。この時期に珍しいな…」

山中さん「はい、最後の院内散歩で見つけたようなんです。奥様から、お二人は、自然が好きで、よく自然の多い公園などでデートされていたとお聞きしました。
奥様が、大切に取っていたようです。まだ変色していなくて良かったです。」

賢一「ありがとうございます…大切にします…本当に本当に、ありがとうございました……
これから、娘と義母を呼びたいと思います…」

山中さん「はい、また何かご用があればいつでもナースステーションまでお呼びください。すぐに対応いたします。
一旦、失礼いたしますね。」

賢一「あれ、小さい封筒の中に、何かメッセージが入ってる…手紙かな…?」

直子の声: 『賢一へ。
あなたと過ごした日々は、本当に幸せでした。
私はもう肉体はないかもしれないけど、木々を見て、いつも私がそばにいると、思い出してください。
あなた達がこれからも幸せに過ごせるように、私はずっとずっとそばで見守っています。
出会ってくれてありがとう。
結婚してくれてありがとう。
私の人生は幸せでした。
心の底から愛しています。
また来世で出会えたら、今度は、この家族全員と
もっともっと、長く過ごせますように。
直子』

賢一「直子………!!直子………!!!
きみが居なくなったことが信じられないよ…

でも…現実に向き合わなきゃいけないよな……」

ーーー

ナレーション:摂子と優子が、1時間後に病院に駆けつけた。

摂子「賢一さん…最後まで頑張ってくれて、本当にありがとうね。
短命なところは、残念ながら私の夫に似たのかしら…
でも、直子は、賢一さんに出会えてから、本当に幸せそうでした。
ありがとうございました…(声を詰まらせる)」

優子「お父さん…?お母さん…死んじゃったって…本当…?」(声を震わせる)

賢一「優子、ごめんな…間に合わなかった…
お母さん、思ったより病気が重かったみたいなんだ…」

優子「お母さん!お母さん!!お母さーん!!
やだやだやだ!!!うそだ、うそだ、うそだよ!!!!お母さん、お願い、目を覚まして!!!

お母さん、おうち帰ってくるって言ってたもん!!!なんで!?どうして!!??お母さーん…!!!!」

摂子「…優子ちゃん、突然のことで、ごめんね…
お母さんも、病院の人たちも、すごく頑張ったみたいなの…
(優子を抱きしめる)
今は、みんなで、沢山泣きましょう。

お母さんには、もう直接会えないかもしれないけど、お母さんの気持ちはずっとそばにいるし、それはこれからも変わらないからね。

誰もお母さんの代わりにはなれないと思うけど、遺された人たちは、力を合わせて生きていくしかないんだよ…おばあちゃんもそばにいるからね」

優子「う、うううううう…(号泣)
うええええええん!!!!
でも、でも…お母さんに嘘つきなんて、言いたくない…でも、お母さん…お母さんに、会いたいよー……」

賢一「(優子を抱きしめる)優子…これからはお父さんと二人きりになっちゃうけど、お父さん、頑張るから、一緒に生きていこうな。
お父さんだけの力じゃ足りないかもしれないけど、優子のこと、必ず幸せにするからな。」

優子「お父さん〜〜〜…泣」

摂子「賢一さん、葬儀の手配は、私がやるわね。一通り、慣れているから。
喪主は何かと大変だと思うけど、協力しながら乗り越えましょうね。」

賢一「お義母さん、頼もしいです。いつもありがとうございます…」

摂子「そうそう。(涙を拭いて)賢一さん、ありがとうって言葉、よく言えたね。その調子。えらいわよ…」(泣きながら微笑む)

ーーーーーーーーー

ナレーション: それから20年が経ち、優子の結婚式を迎えた。新緑の季節である。今日はとてもいい天気だ。

優子「お父さん、ウェディングドレス、これで本当に良かったかなぁ?似合ってる?」

賢一「ああ、本当に似合ってるよ。優子、本当に綺麗だ…(うるうる)」

優子「うふふ、ありがとう。お父さん、新婦入場の時、いきなり泣かないでね。恥ずかしいから。」

賢一「そうだな。気をつけるよ。
光一くんになら、優子を任せられる。
いい人に出会えて、本当に良かったな。」

優子「うん、私、お父さんとお母さんみたいに、幸せになるね!」

ナレーション: 式は滞りなく進んだ。
優子はフラワーシャワーに憧れてはいたが、みんなに手間をかけることや、スタッフの後片付けが大変そうかな、と遠慮して、しないことにしていた。優子らしい、優しい性格は変わらない。

しかし、式の会場から外に出た、その瞬間、緑の葉っぱがちょうど良い風とともに、いっせいに降り注いだ。
まるで葉っぱのシャワーのように。

優子「こんなことあるんだ!不思議…まるで、祝福されているみたい…」

賢一「優子、多分、お母さんがしてくれたんだと思うよ。
直子は自然が大好きで、緑の葉っぱが好きだったんだ。

…優子、実は、これ、直子が亡くなる直前に、取っておいてくれた最後の葉っぱなんだ。
枯れないように、加工して保管しておいた。結婚式の時に、優子に渡そうと思ってたんだ。」

優子「……お母さん……涙」

賢一「優子、葉っぱは、枯れるけど、また緑になる。
直子は、木々が全て自分だと思って見守っている、と思って欲しいと言っていたよ。

結婚生活も、良いことばかりじゃない。むしろ問題や試練はほぼ必ず襲ってくるから、それをどう家族で力を合わせて乗り越えるかが、結婚なんだ。

優子は優しい子、そして強い子だから、きっと乗り越えられると思う。
でも、一人じゃなくて、周りを頼って欲しい。
優子のお母さんは頑張り屋だった。
優子も小さい頃から、たくさん我慢していたと思う。

これからは、光一くんを始め、たくさんの人に甘えるんだよ。もちろん、お父さんにもだけどな。」

優子「お父さん、ありがとう。お父さんとお母さんからもらったもの、全部、大切にするね。
お父さんとお母さんの子どもに生まれて、本当に良かった。
私、幸せになるね。
お父さん、今までありがとう。そして、これからもよろしくね。」

ナレーション:その時、鮮やかな一枚の葉っぱが、優子のウェディングドレスのレースに引っかかり、優子の胸にとまった。心臓の位置に。
優子は、迷わずに、その葉っぱを、結婚相手の光一に笑顔で手渡した。

隣で話を聞いていた光一は、優子に優しく微笑んで、ゆっくりと大事に受け取り、タキシードの胸ポケットに入れた。



end


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