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漂流(第三章⑦)

第三章

7.
「あの日、車を運転していたのは俺なんだよ。」
秋山は、聡子の方は見ずに天井へ煙を吐き出しながら話し出した。話の展開は何となく予想は出来た。自分がずっと感じていた違和感と答え合わせする様な気持ちで秋山の話に耳を傾けた。
「当時俺は弁護士をする傍ら、お前の父親の情報屋をしていた。俗にいう “エス” というやつだ。キャリアである早川は、現場での最後の仕事である公安任務に従事していた。既に警視正という階級にいて、これを問題なく熟せばいよいよライバル達を蹴落とし、警視長、警視監と警察官僚のトップへの道筋が見える。そんな大事な時期でもあった。」
相変わらず秋山は天井を見つめたままだ。
「でも私達は当時北海道にいたのよ。公安の任務なんて……。」
聡子は率直な疑問をぶつけた。
「確かに早川の当時在籍は北海道だった。ただそれも表向きで、実際は東京と北海道を行き来して任務を遂行していた。だから俺も重要な情報のやり取りの際は、北海道まで出向いていた。それほど隠密な任務だったんだよ。」
聡子は頷いて、その先を促した。
「あの日も俺達は車の中で、重要な情報のやり取りをしていた。停まっていると怪しまれるため、会話は走行中に行うのが鉄則だ。夕暮れが近づき視界も悪くなってきた所へ、急な土砂降りが襲ってきた。それに重なる様に話も佳境に入っていく。その時だった……。」
一つ大きな溜息をついて、秋山は続ける。
「ボコっていう音は聞いた。かなりの衝撃だったが、正直何が起こったのか分からなかった。早川が、人じゃないのか?と呟き、漸く俺は事の顛末を理解した。二人で車を降り、前方に横たわる人影に近づいた。女性だという事は直ぐに分かった。だがそれを確かめるのが精一杯だった。」
「その後、どうしたんですか?」
居ても立っても居られず、聡子は地団駄を踏んだ。
「この場に居てはいけない。二人ともそう判断したんだと思う。車に戻って直ぐにその場を立ち去った……。」
「どうして!どうして直ぐに救急車を呼ばなかったの?そうすれば助かったかもしれないのに!」
堪え切れずに聡子は、罵声を浴びせる。それでも足りずに、先ほど激励会で受け取った花束を秋山に向かって投げつけた。
「そんな事をすれば全て終わりだったぞ。早川と俺の関係は決して表沙汰には出来ない。ましてや公安任務の最中で起こした事故なんて公表出来る訳がない。」
秋山は改めて聡子に向き合い、静かに呟いた。
「仕方がなかったんだ……。」


第三章⑧に続く


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