漂流(終章②)
終章
2.
次のシンポジウムまであまり時間がない。光男はしかし充実していた。今までの人生で誰かの役に立つ事などほとんどなかった。こんな自分でも社会貢献出来る。そう教えてくれたのは宇佐美だった。今では感謝の気持ちも芽生えてきている。今はこの気持ちを大事にしよう。携わる沢山の仲間たちの事を思い、光男は本来の目的を暫し封印した。
宮本からの言葉は光男の心を惑わせた。彼を100%信用した訳ではないが聡子の為だと言われると何とかしたくなる。それも宮本の計算なのかもしれないが、今はこの流れに任せてみようと腹を括った。聡子に関してどんな事実が明らかになったとしても、もう自分に迷いはなかった。
「恐らく次のシンポジウムが、Xdayになると思います。」
宮本から先程そんな連絡があった。いよいよか。聡子が良からぬ事を考えているのは何となく分かった。しかしそれを問い詰めた所で白を切られてはそれまでだ。これは宮本のアドバイスでもある。聡子が宇佐美を襲う直前で取り押えないと意味がないのだ。しかも他の人に悟られてはいけない。決して事件にしてもいけないのだ。多くの課題を残しつつ、来たるその日に向けて光男は決意を固めた。それに宮本にも熱い思いがあった。
「宮本さん、あなた……聡子を愛しているんですね?」
先程の電話で、光男は思い切ってそう尋ねた。ずっと気になっていた事だ。ある意味、光男以上に聡子の人生と関わっている。その為に刑務所にまで入っているのだ。とても適わない。多くの負い目と共に、半ば自嘲気味の質問と取られたかもしれない。
「どうなんでしょうか?自分でもよく分からないんですよ。」
はぐらかしているのか?しかしそうではなかった。
「実は私、中学の時に妹を亡くしているんです……。自殺でした。私は彼女の苦しみを全く知らなかった。いや知ろうとしていなかったのです。聡子さん……少し似てるんですよ、妹に…」
宮本が光男の前に現れてからずっと抱いていた疑問が、漸く解決した様に思う。そんな過去が宮本に……。これで本当の意味で彼に協力する事が出来る。いや、光男も同じような気持ちだ。聡子を救う。今はそれしかない。
「北村さん、それでは明日宜しくお願いします。」
宇佐美は上機嫌で光男を激励した。犯罪被害者と加害者を取り巻く環境に関する意見交換会、犯罪に関するシンポジウムがいよいよ明日に迫った。
光男はプレゼンターを務め、犯罪被害者と加害者の間にある溝についてフォーカスし、討論していく会である。宇佐美はアドバイザーとして、白熱するであろう議論を軌道修正していく役目を担っている。プレゼンターとアドバイザーの席は討論者達からは少し離れている。聡子はそこを狙ってくる。光男は会場内、宮本は朝から聡子を尾行し、事件を未然に防ぐ事に全力を挙げる。万が一もあってはならない。
終章③に続く
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