漂流(第二章⑨)
第二章
9.
「少しやり過ぎじゃないか?」
弁護士事務所ビルの地下にある行きつけのバーで、宮本が窘める様に詰問する。聡子はそれには答えず、手元のシェリー酒を一気に煽った。数年ぶりに、秘書・宮本の誘いを受けた。誰か側に居て欲しい。そんな心の隙に彼はいつも上手に入り込んでくる。一度起こした過ちも、今日の様に聡子が心を擦り減らしていたタイミングだった。
「そんなの私が一番良く分かってる!」
アルコールで刺激された感情を、腹の底から吐き出した。宮本に言われるまでもなく、やり過ぎなのは聡子が一番分かっている。でも他に方法を探せなかったのだ。光男を何としても救わなければならない。短時間で絞り出した苦肉の策だ。朝倉さんとの面談の後、悩んだ挙句もう一度彼女に連絡した。貴女には一度死んで頂きますと。今、光男を動かしているのは朝倉さんを守るという思い一つだ。その思いが強すぎて彼を説得出来ない。ならばそれを逆手に取るしかない。余りにもモラルに反した方法だが、時間が無いのだ。筋書きはこうだ。
“光男を救うには、もう命を賭けるしかない。そう考えた朝倉さんがビルから身を投げる。(勿論、実際にする訳ではない。)その一報を聡子が光男に伝える。光男はショックを受ける。全て投げ出してしまう可能性もあったが、そこで朝倉さんの思いを再認識させる。光男が真実を話し、減刑を受ける。それを彼女は最後まで望んでいた事を…”
「何故そこまで?君がいつも何処か遠くを見つめているのは、彼が関係していたのか?」
長く聡子を見てきた宮本なら分かるのかもしれない。いつもドライで感情を込めて仕事をした事などない。そんな私が…今回は感情でしか動いていない。だが、それを彼に話す事は出来ない。
「貴方には関係のない事よ。」
そう突き放して三杯目のカクテルを頼む。少し頭の中を空にしたい。明日からの公判で全ての力を発揮するために…。最近よく眠れていない。久しぶりのアルコールが身も心も解していく… 無意識を装い宮本の肩へ、しな垂れる。彼も全て承知で、私の肩を抱く。ああ、また彼を利用してしまう。好きでも何でもない男に、また救われてしまう……。
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