5分間のショートストーリー『待ちぼうけ』
仕事でトラブったから来られない。
こんな言い訳にもすっかり慣れた。予約した店のカウンターで僕は今夜も待ち惚ける。
彼女と知り合ったのは『深夜カフェ』、終電を逃した者達が集まり夜が明けるのを待つ場所、だった。お互いに同性の連れと居たが、その晩、何度も目が合った。始発の時間が近づき彼女が化粧室へ向かった時、後を追い掛けメモ紙を渡す。僕の氏名とバイトしている居酒屋の名前が書いてある紙だ。彼女はそれを無言で受け取り化粧室へ消えた。
それから一ヶ月が経ちあの夜の事も忘れかけた頃、彼女はバイト先に現れた。あの深夜カフェで一緒だった連れと共に。
「久し振り。」
そう一声掛けたが、彼女は僕の事を気づいていないかの様に通り過ぎる。僕は深追いせず、オーダーも別の者に任せた……。 ラストオーダーが近づき彼女の連れが席を立った。そしてレジにいる僕の側へ来て、
「後は宜しく。」と言い残し店を出た。
僕が勤務を終え店を出ると、意外にも彼女はそこで待っていた。相変わらず何を考えているのか分からない。何故かとても苛ついた。
僕は彼女の手を取り歩き始めた。そして早足で繁華街の外れにあるホテルに向かった。拒否されたらそこで終わり。しかし彼女は最後まで拒まなかった。ベッドの上で、僕は初めて彼女の掠れた声を聞いた……。
彼女は一つ年上で彼氏が居た。いや彼氏というか不倫だ。かなり年の離れた妻帯者らしい。彼女の何処か投げやりな、不器用な生き方を象徴している様にも思えた。彼女の心を取り戻そうと僕は僕なりに努力した。出来れば彼女の心を捕まえたかった。二度、三度と会い続けるうちにそれも可能かと思い始めた。でもそれはいつも擦り抜けてしまう。
今夜で最後にしよう。そう決めて彼女を誘った。待ち惚けもこれが最後。初めて会ったあのカフェに夜が明けるまで、彼女は現れなかった……。
end
https://stand.fm/episodes/644baa5850b64dcd281543b4
https://note.com/mikutagida/n/n703444e39844
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