漂流(第二章⑤)
第二章
5.
何という運命の悪戯か?こんな偶然がこの世にあるのか?もう二度と会うことはない。会える筈もない相手にこんな形で再会するとは……。思えば、何の迷いもなく弁護士への道を進んだのも、こんな未来を無意識に予知していたからかもしれない。
秋山から話を聞かされた時は衝撃を受けた。偶然にも北海道から依頼者がやってきた。通常なら断る案件だった。しかし被疑者の名前に聞き覚えがあった。よくよく調べるとあの北村光男だった。聡子の父親の件も含め、よく考える必要がある。関わらない、というのも一つの選択肢だ。しかし聡子が重い十字架を背負っているのも分かっている。迷った挙句、聡子には話すべきだと判断したらしい。正直私も困惑した。力になりたい気持ちは勿論ある。しかし自分にそんな資格があるのか疑問でもある。今更どんな顔で会えば良いのか?散々悩んだ結果、彼の力になる事を選択した。今度こそ彼の力になりたいと……。
「北村さん、貴方は殺人罪で公訴提起されました。一般的には “起訴”と呼ばれています。貴方は現在、殺意を持って被害者を殺害したと証言しています。このまま裁判で同じ証言を続けるとほぼ間違いなく有罪判決を受けます。そうなると、恐らく十年は刑務所に服役する事になるでしょう。」
状況が分かっているのか?いないのか?相変わらず困惑した様子だ。しかしそれは裁判に関してではなく、私の存在に対しての事だとは思う。やはり素知らぬ顔で、とはいかないらしい。
「光男。久し振り。積もる話があるのは分かるけど、今は裁判の事に集中して。佐々木さんも朝倉さんも貴方を本当に心配している。だから事件について本当の事を話して欲しい。」
朝倉さんとは。美代ちゃんの事だ。暫く考え込んでいた光男は、しかし顔を起こすとすっきりした表情に変わっていた。そして迷いなくしっかりと語り出した。
「聡子。本当に有難う。こんな俺のためにここまでしてくれて……でも、大丈夫だから。事件の事も俺が悪い。あの時、俺は確かに我を忘れた。そして、目の前で美代ちゃんが襲われているのを見て、間違いなく殺意を持った。それは事実なんだよ。」
にこやかな表情で光男は続ける。
「お前が俺の前から姿を消したのも。俺が悪かったからだろ?いつも心配して注意してくれていたのに、俺は一切耳を貸さなかった…罰が当たったと思ったよ。おふくろの事もな。」
猛烈に胸が痛んだ。何という事だ。この人は私を一欠けらも疑っていない。目頭が熱くなる。涙が零れない様に必死で堪える。それでも防ぎ切れず、一度下を向きハンカチで素早く涙を拭う。深呼吸をして再び彼に向き合った時には、いつもの聡子に戻っていた。
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