漂流(第三章⑥)
第三章
6.
「何故あの時逃げたんだ!直ぐに救急車を呼んでくれたら、母さんは助かったかもしれないのに!」
積年の恨みを吐き出すべく、光男は慎太郎に向けて思いの丈をぶつけた。
「たった……二人だけの家族だったんだぞ…俺のために毎日……それをお前は!」
いくら叫んでも収まらない。寧ろその思いは強くなっていく。慎太郎はそれを静かに見つめていた。僅かに微笑を浮かべながら……。それが光男を苛つかせる。
「何とか言ったらどうだ!」
涙を浮かべながら激高する光男に対し、慎太郎は静かに切り出した。
「お母さんの件は大変申し訳ない。謝って済む事ではないが、まずは謝罪させて欲しい。済まなかった。」
突然の謝罪に光男は動揺した。全く想定していなかった展開だった。混乱する光男をそのままに、慎太郎は話を続けた。
「君がこの20数年をどのように過ごして来たかは、時折耳にしていた。その度に安堵する自分と罪悪感が綯い交ぜになった何とも言えない気持ちになった。」
慎太郎は更に続ける。
「知らない方が幸せかもしれない。でも真実は伝えるべきではないか?私もその葛藤の中で生きていた。保身があった事は認める。しかし時が流れ、自らを病が襲い、残り少なくなった人生に於いて何を為すべきかをずっと考えていた。」
光男はいつの間にか、慎太郎の言葉に耳を傾けていた。それ程、彼の言葉に真意を感じていた。
「それなら真実を話せ!」
ここが攻め時とばかり、光男は慎太郎に詰め寄った。
暫く思案していた慎太郎が、意を決した様に光男と相対した。これから伝えられるのは、大変重要な事だ。本能的に光男は身構えた。慎太郎の唇が動き出す。
「君のお母さんを轢き殺したのは、私ではないんだ……。」
何を?…よく意味が分からなかった。違う話に変わったのか?暫く考えても慎太郎の放った言葉を理解する事は出来なかった。
「結局、真実を語る気は無いんだな?」
青褪めた顔で、光男は慎太郎を睨みつけた。そしてポケットから用意していたサバイバルナイフを取り出す。これなら確実に殺れる。騒ぎ出すと思っていた慎太郎は、しかし微動だにしない。
「真実を知りたかったんじゃなかったのかね!」
一喝された光男は動きを止めた。
「私は真実を語っている。黙って聞き給え。」
言葉とは裏腹に、慎太郎の眼差しは優しい。光男も腹を括り、再び慎太郎の言葉に耳を傾けた。長い慎太郎の独白が始まった。
第三章⑦に続く
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