食うべきか、食わざるべきか。それが問題だ。【短編小説】
人には選択せねばならない時がある。
一本だけ道が通っているのであるならば、どれほど人生が楽に感じられるだろうか。
退屈だと感じる人もいるだろう。しかし私は安寧の道を辿りたい、そう考えてしまう。きっとそれはいけないことじゃない。
「なーに、阿呆なことしてるの?」
ソファーに座りながら厳しい顔で腕を組み、テーブルの上を睨みつけていると、背後から心底呆れたとしか聞き取れない声が聞こえてくる。
「私はね、今人生の岐路に立っているのよ」
「へぇ、人生の岐路」
「そうよ、これは私にとって大きな選択の時なの」
後ろの気配は「ふーん」とやっぱり呆れたような声を出しながら音もなく私の真横に近づいてきた。
学業の進路を悩んでるんじゃあるまいし、と呟いた真横の気配は、すっと手を伸ばすと、テーブルの上に置いてあった物をひとつ取りあげた。
「あっ!」
ぱくり。
「選択の余地、無くしてあげたわよ」
そう発言した真横の気配は、白い目で私を一瞥した後、あっさりと私から離れて階段の方へと歩んで行く。
「ちょっと!私のオヤツ!」
遠のく背中に向かって叫ぶと、オヤツ泥棒はピタリと足を止めて振り向いた。
これでもかと言うくらいに呆れた顔をしている。
「ダイエットするつもりだったんじゃなかった?昨日彼氏との通話後に、そう宣言してたよね?」
オヤツ泥棒は、昨日喜びの舞をひとしきり踊った後、あることに気がついて大変動揺した私の姿を一頻り見ている。アレを見られてしまったのは、一生の不覚だった。
「そ……、それはほら、秋の新作だからノーカン……」
その言葉を聞いて、オヤツ泥棒は眉を潜めた。
「秋の新作、何個あるのよ」
「さ、さぁ……?」
誤魔化すように明後日の方を向きながら、首を傾げてみる。
「ダイエットする気ないでしょ」
「そんなことないよ!ダイエットする気だから沢山ある新作の内、二つしか買わなかったんじゃない!」
図星……後ろめたさ……罪悪感……に、ちょっと、ちょっとだけ駆られていた私は、思わずヒートアップしてしまう。
だって、美味しそうだったんだもの。新作の感想、言い合ってみたいじゃない?二人っきりの楽しい会話に素敵な話題を提供したい。そんな乙女心を傷つけるとは!
ヒートアップしていた私は、全く気がついていなかった。
きぃ……と小さく音を立てながら開くドア、そして誰かが入ってきた気配に。
そんな私を尻目に、オヤツ泥棒はちらりと反対側のドアに目を向けた。
「……お帰り、かあさん」
その目がそのまま私の少しズレた場所に移動する。
「んぐ、ただいま…もぐ」
「あっ!かーさん!私のオヤツ!」
振り返ると、残っていた私のオヤツを、大魔王がぺろりと食べてしまっていた。
「ダイエットするんでしょー。こんなカロリー高いの、天敵よ。しかも晩ごはん前。母が食べておいてあげたからね」
にっこり微笑みながら、自分のお腹をぽんぽんと叩く大魔王。
「私の!お小遣いで!買ったのに!」
「あー、ついついお小遣い持ってると買っちゃうものね。ダイエット終わるまではお小遣いは購入物申請制にしちゃう?」
大魔王は悪気等何一つ感じていない顔をして、恐ろしい提案をしてくる。
「えっ、それは横暴ー!」
「なるほど、じゃあ文化祭の時、愛しの君に無様な肉体を晒すことを選択するのね。せっかくー、わざわざー、文化祭来てくれるのにねー」
母と妹は「ねー」と言い合いながらも、ニヤニヤと笑っている。
「ちーちゃん、最後に会った日から四キロ太った、とか言ってなかった?」
「文化祭まであと二十日」
「それすら耐えられないんじゃ、現状キープもできないんじゃない?」
「ま、それも姉の選択よね」
「そうねぇ。ま、ちーちゃんが彼氏に呆れられても母は困らないしー」
これまた二人揃って「ねー」とか言い合っている。
「わ、わかったわよー!あと二十日……耐える。だから……お小遣いはそのままで、お願いします……」
なんて長い道のりだ、と哀愁を漂わせながら呟けば「別にどっちだっていいよー。興味ないもん」と言いながら二階へ行くオヤツ泥棒。「優しさで食べてあげたのにねぇ」と嘯きながらキッチンへ消えていく大魔王。
私はいつだって、この家族には勝てないんだと、がっくりと肩を落としたのだった。
と、言うわけで、「twilight-story」第七回「選択」参加作品です。
お題、ありがとうございました!
参加したーい、参加したーい、と実は第一回目から思っていたんですが、色々あって今回が初となります。
そのうち過去のお題にも遡ってみたいものです。
七回目としても遅刻作品ではありますが、ルールである「一時間以内」での創作、(ギリ)守っております。
誤字脱字こわーい。
創作小説は久しぶりです。どこかで読んだような、ん番煎じなお話ではありますが……楽しんでいただければ幸い。
残念ながら、遅刻しないで済む機会はほぼないのですが、遅刻しながらも参加していければ良いなと思います。
恐らく一時間限定だと文字系になっちゃうかな?
イラストとかデザインを一時間で、は多分出力出来る気がしない……。
手数考えていけると踏んだら、いつかそちらでも参加してみたいですね。