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小さな彼女の心を変えた『清潔』

#清潔のマイルール

新型コロナウイルス感染症が流行し始めてから、約3年の月日が流れた2023年の正月。

この日、私は久しぶりに実家に帰り、両親と弟夫婦、そして可愛いめいっ子たちと顔を合わせることがようやく叶った。

3年前にあんなに小さかった2人の姪っ子たちも、今ではちょっとお姉さん。子供の成長はとても早いことを実感すると同時に、彼女たちが今も私に笑顔を向けてくれるか、心配していた。

それは「昔みたいに『一緒に遊ぼう』って言われなくなったら…」という叔母ごころもある。けれど、問題はそれより深刻だ。

実は2年ほど前、姪っ子姉妹の姉・Aちゃんが新型コロナウイルスに感染した。彼女たちがしばらく学校に行けなくなったのはもちろん、濃厚接触者になった弟夫婦も仕事を休む事態になったと聞いていた。

心が成長しきっていない小さな女の子が、流行り病の新規感染者になり、周りにいる人の日常を崩してしまった。その罪悪感は大人ですら辛く苦しいのに、一体どれほど耐え難かったことだろう。彼女の心に影を落としていないか、トラウマを抱えていないか……彼女の心を案じながら、今日を迎えたのだ。

——そしてその不安は、残念ながら現実となってしまった。

リビングでくつろいでいると、妹のBちゃんが寄ってきて、隣に座って楽しそうにお話ししてくれる。けれど、Bちゃんといつも一緒にいるAちゃんが一向に現れない。

「Bちゃん、お姉ちゃんは部屋にいるのかな?」
「うん、お部屋でマンガ読んでいたよ」

この時点で不安は的中したと思った。なぜならAちゃんはとても明るい性格で、いつもBちゃんより先に私に遊んでほしいとせがんでいた子だ。姪っ子が私に懐いているのは、自慢ではないが弟夫婦からもお墨付き。そんな彼女が私を避けて部屋にこもるというのは、彼女の心が大人になった反動としても考えにくかった。

この時、私が居たのは弟夫婦の家ではなく、隣にある両親の家のリビング。弟夫婦の前だとこの話題は切り出しにくいこともあり、当たり障りない範囲でBちゃんに聞いてみることにした。

「お姉ちゃん、コロナのこと気にしているのかな?」
「うん。いつも手を洗ったあと、おうちでも、みんなのタオル使わないの。自分のハンカチで拭いているよ」

信じられない気持ちと同時に、胸がギュッと苦しくなった。あの天真爛漫てんしんらんまんで周りを巻き込むタイプだったAちゃんが、今は周りを気にするという真逆の行動を見せている。
部屋から出てこないのも、ハンカチを使うのも、『周りに感染うつしたくない』『迷惑をかけたくない』……そんな声なき声に聴こえた気がした。

もちろん彼女から直接聞いたわけじゃない。私の勘違いかもしれない。けれど、いつものAちゃんと違うのは明らかだった。もし彼女の心に少しでも影を落としているのであれば、払拭してあげたいと心底、思った。

Aちゃんを部屋から呼んできてほしいと、Bちゃんにお願いする。最初はそれでも来ず、15分後にやっとドアの前に顔を出してくれた。

そして私は、彼女の心に届くよう願いながら
「Aちゃん、こっちにおいで」と声をかけた。

Aちゃんは不安そうに、うつむきながらこちらに来てくれた。私はすぐ隣の席に座らせ「なにして遊ぼうか」と、普段どおりに接していくことにした。
少しずつ彼女の顔に笑顔が戻ってきた。帰るころにはすっかり元気になって、母も「久しぶりにAちゃんの笑顔を見た気がする」と言って、少しだけ安心した。

******

2023年1月20日。今年の春から新型コロナウイルス感染症が第5類に引き下げられる方針が、政府から発表された。

世論では賛否両論が見受けられるが、感染対策としての「清潔」はウイルスの脅威がなくなるまで続けられるのではないかと予想している。

世界中にパンデミックを引き起こした感染症だから、「清潔」がアップデートされたのは当然だ。けれど姪っ子のように「清潔」で罪悪感や恐怖まで拭おうとする人を見ると、私たちはどこまで「清潔」であればいいのだろう……そんな疑問が浮かんできてしまう。

ウイルス拡大を抑える方ために様々な「清潔」が取り入れられた。マスクで飛沫を抑える、アルコールで除菌する、窓を開けて空気を入れ替える……効果的と言われている「清潔」を私たちは続けてきたのに、なぜ感染はまだ止まってくれないのだろう。

新型コロナウイルスが流行り始めた当初、県外ナンバーを見るとまるで病原菌を見つけたかのように人々は恐れ、時に制裁を加えていたことを覚えている。今ではそのような考えを持つ人は、ほとんど見当たらない。あの時、私たちは何を見ていたのだろう。

……分からないものは「不安」に姿を変え、私たちの弱い心に付け込んでくる。その不安を少しでも払拭したいがために「仮説」をみちびくが、ときどき根拠に関係なく、都合の良い「真実」として一人歩きすることもある。

だから、私は「清潔」を考え続けたいと思っている。この「清潔」は果たして根拠のある事実なのか、それとも不安をぬぐいたいだけなのか。誰かの心を傷つけていないか、自分の心を傷つけていないか。ひとつひとつ、吟味しながら。

今後、姪っ子の心を救うという意味でも、新型コロナウイルス感染症の真実がより解明されることを願う。
それと同時に私自身も「清潔」と向き合いながら、不安と戦うのではなく、時に受け入れながら、少しずつ日常を取り戻していきたいと思う。

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