神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 271
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魔族ビフォーアフター編
271 フリーダム
いやいや、きーて。
こっちの話もちょっとは聞いて。と思ったが、よく考えたら我々の中には説得力ある説明などは特にはなかった。
基本、出たとこ勝負でしかないので。行き当たりばったりとも言うが。
だがこんなに全方位から我々が悪いと断定されてしまったら、確かに少しまずいかも知れないと言うような気もする。
正確に言うなら魔族の双子はまだ魔道具の首輪をしたままなので、状態としては奴隷から解放したとは言いがたい。
ただこれは我々の気が回らずに、奴隷の首輪を外し忘れたと言うだけだ。あと、叔父のツィリルは最初からフリーダムである。
ローバスト領主夫妻のもくろんだネコチャン兵団と言う名の魔獣ハーレムの件は一旦横に置くとして、膨大な魔力を持って魔法も巧み、そして体までも頑強な魔族は人族や獣族にはシンプルに脅威だ。
それを人里離れた砂漠ではあるが、ノーガードで自由にさせるのはなんかこう、アレかも知れないなって。なんかこう。動物園から逃げた猛獣的な。
それに魔族の双子、ルツィアとルツィエに関しては奴隷として所有した格好になっている。これを自由すると言っても、多分、事実上だけのことになるだろう。
魔道具の行動制限もなく自由に、この大陸に魔族を住まわせると言うことはどの国も恐らく認めない。
だとしたら、記録の上では我々が魔族の双子の最後の主と言うことになる。
そして所有する奴隷がなにかやらかした場合、その責任を問われるのは大体において持ち主だ。
それのなにが困るかと言うと、今回のケースでは魔族の叔父と二人の姪たちがなにかトラブルに巻き込まれたり起こしたりした時に、責任がこっちに全部くる。
あと、人族からも獣族からも嫌われる悲しみの魔族の感じからすると、この大陸の住民ともめるとこっちが全然悪くなくても魔族が悪いってことになるような予感しかしない。
しかも、双子の姉妹の姪たちはともかく、叔父のツィリルは悪魔落ちするレベルで人族にわだかまりを持っている。大変にまずい。
その辺の事情をひっくるめ、パンにバターを塗りながらメガネは頭を悩ませた。
「やっぱ、自衛って言うかー。お互いのために、何かこう。上手く住み分けしたいって言うかー。それに、ないとは思うんですけど、双子に何かされたらツィリルがキレてこの大陸焼き尽くしたりするかも知れないし。そうなんないように対策は必要なのかなーって」
「そうですな。魔族は途方もなく強く、人はあまりにも弱い。弱いが故に、少しでも不穏を感じれば過敏に反応するでしょう」
そうして恐慌状態にでもなれば、その感情が伝播して手の付けられない事態にもなり得る。
そう応じるのはテントの中にするりと入り、あぐらをかいた片膝にじゅげむを載せたヴァルター卿だ。なんと言う自然体。
すぐ後ろでは金ちゃんが気に入らないと言う顔で、ものすごく近くから老紳士をじっとりと見ていたが本人は全然気にしてないのが本当に強い。
バターの上にジャムを重ねたふかふかのパンを老紳士やついでに入り込んできた騎士たち、テントの外にイスを置きお茶を始めた領主夫妻に配るなどしながらもそもそ食べる。
そうしてしばらくみんなで悩んでいたが、いい考えは出なかった。仕方ない。お題がなかなか難しすぎた。
「そう言えば」
と、たもっちゃんが思い出すようにして気が付いたのは朝食を終え、今日も引き続き作業を続けたいらしいピラミッドの建造現場に向かおうとしていた時だった。
移動に便利なドアのスキルで事務長がレンタルした小屋の扉を今まさに開こうとした格好で、メガネは後ろを振り返る。
「全然何にも考えてなくて忘れてたんですけど、領主さんとか奥方様とかドアで送らなくて大丈夫ですか?」
周囲にいるのは話し掛けられた領主夫妻に、その護衛の騎士たち。それから我々の動向を王都の公爵などに報告する気満々らしいヴァルター卿と、公爵家の騎士が数人。あとはじっとしているのにあきた、テオとアレクサンドルに隠れ甘党たちである。
魔族をどんな場所に定住させるつもりでいるのか、この目で確かめねばならぬ。みたいなことを、キリッと言い出したのはローバスト伯だ。
そこですかさず奥方様や老紳士がおっとりと、しかし断り難い雰囲気をかもして私もと賛同。我も我もと参加者が増えて、結果、みんなで行くことになった。
こうして一回くぐったことのあるドアなら大体どこでもすぐ行けるスキルを、知られても構わない、または仕方ない、そして厳選されたような、たまたまそこにいただけのような顔ぶれの前で披露する流れになったのだ。
そうなって、たもっちゃんは気が付いた。
これ、デカ足がブルーメに着くのをただぼーっと待つよりも、今すぐに送って行ったほうがいいのではないか。なんかこう、みんな忙しい人たちみたいだし、と。
乗務員たちがどこまできっちり管理しているかによるが、乗った数とおりる数が違うと混乱してしまうかも知れない。その時にはまたきてもらい、デカ足にずっと乗っていたみたいな偽装をする必要があるだろう。
だがその手間を差し引いてもまだ、砂漠を走るムカデの上で拘束される数日間を自宅ですごすことができるのは大きい。
ドアのスキルを乱用すれば可能だし、たもっちゃんにはそう難しいことじゃない。
しかしこの提案を、真っ先に受けたローバスト伯と奥方様はやんわりと首を横に振る。
「ローバストはね、我が家であると同時に、職場なのだよ……」
どこか悲しいような顔をして、領主の口からこぼれた言葉をその家臣である事務長がすかさず容赦ないほど噛み砕く。
「領主様は、奥方様との旅をまだ暫し楽しんでいたいと仰せだ。お察し申し上げる様に」
「あっ……」
「そっかあ……」
我々は持ち前の素直さで察した。
多分だが、ローバスト伯が領地に帰れば即座にお仕事が出迎えにくるのだ。
間違いない。私には解る。
地味にかすみがちなローバスト伯の顔面が、夏休みが永遠に続けばいいのにみたいな表情をしている。
たもっちゃんも私も掛ける言葉さえなく同情し、時短は別に正義ではないと言うことを学んだ。特に休暇の日程などは。
恐らくあえてなのだろう。
そんな悲哀のにじんだ空気を読まず、ヴァルター卿が飄々と「わたしは一度帰して頂きたいところですな」などと申し出る。老紳士のメンタル、やはりお強い。
見上げるだけでぶっ倒れそうな夏の空。
無限に続くかのように高く低く波打って、熱く焼け風紋の浮かぶ砂漠の大地。
周囲には砂のほかになにもない、そんな場所に突如建造の始まった途方もなく巨大なピラミッド。
まだ作り始めたばかりのそれは、今は正方形に敷かれた土台に砂を固めたブロックが数段積み上げられているにすぎない。
けれども、すでに妙な存在感がある。
土台の大きさもバカみたいに広いし、たもっちゃんが砂を固めてせっせと作ったブロックは横から見ると長方形で、高さが人の背丈ほどもある。そして幅はその倍だ。
砂岩のような質感の巨大で重たいブロックは内側にずらしながらに積み上げられて、上に行くほど階段状に内側へすぼまる。
たもっちゃんは砂漠の砂を踏みながら、まだ枠組み程度の形しか見えない建造物を前にして語った。
「あのね、それでね、上まで全部積み上がったら、一番上にキーストーン置いてね、外側の段々を化粧石で隠して全体をつるっつるの三角形にするんだ!」
子供か。
子供の工作か。
作ろうしているものはえげつないほどでかいのに、披露するプランがあまりにもざっくり。ちょっと楽しくなってきたらしく、メガネはなんだかはあはあとしている。
「それでね、それでね、ピラミッドができたらね、近くに太陽の船を埋めるの!」
「そこまで古代エジプトによせろとは言ってない」
それ以上はいけないと、思わずメガネの肩をつかんで止めた。私もファラオは嫌いではないが、クフ王の影響力が甚大すぎる。
周囲にいるのは角を立てない優しさでテキトーに話を聞き流す、異世界の紳士と貴婦人なのだ。ドライな文官や騎士などもいるが。
誰も話題に付いてきていないのに、早口にべらべらとしゃべり続けるコミュ障の姿が不憫でならぬ。
「たもっちゃん、落ち着いて。ここは紀元前のエジプトではないの。そんな本気でピラミッド建造しなくてもいいのよ」
「でもどうせだったらこだわりたいって言うかー。棟上げ式にはクレメルにきて欲しい」
「それは解る」
ピラミッドに棟上げの段階があるのかどうか知らないが、シュピレンのあいつには少年ファラオ感がありすぎるので。
つづく