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3年n組の眼鏡フェチ女子恋物語
鉛筆をころころと転がす。鉛筆のお尻には「マ」と「ア」の文字が交互に書かれている。私は今、悩んでいる。眼鏡フェチの私が、今どの眼鏡男子に惚れたらいいのかと。
私が今想いを馳せているのは、学級委員のマイトンくんと、美化係のアルロンくん。
どちらの男子も、眼鏡が最高に似合っていて可愛い。マイトンくんは人柄もよく、女子にいつも囲まれている。さりげなく人の懐に入るのが上手いので、クラスでも彼に憧れている女子は少なくない。
アルロンくんはやや人見知りな雰囲気が漂う男子で、クラスの女子からは「不憫男子」とも呼ばれている。時にはクラスで飼っているザリガニに唇をはさまれ、「あっちぃーー!!!あばばばば」と悶絶していたことも。
そんな姿を見て、「もし、彼の唇を噛んだら」と、よからぬことを妄想してしまった私。ああ、ダメダメ。私ときたら、何を想像しているのか。
アルロンくんは最近、自分でゲームを考案し、自ら「ゲーム攻略方法ガイドブック」を作成したらしい。彼の発想力、行動力……。どれもが眩しくてクラクラする。彼はいつかビッグになるだろう。今のうちから目をつけておけば、ふふふ。私は玉の輿!!
婚活の極意。それは、先手必勝である。ダイヤの原石に目をつけておき、応援しながら近づいていくのだ。そう、抜き足差し足忍び足的なスタイルで……。
おそらく私の予想だと、彼はフリーのはず。ひょっとして彼、彼女募集中だろうか。あっ、今彼と目が合いそう……。すかさずファッション雑誌で顔を覆いながら、私はドギマギする。
——彼に私の変態性がバレてはいけない。
実は私、一風変わったBL好きで、傘と傘立てが愛し合う漫画「カサバース」にハマったこともある。
BL初心者の方のために「傘と傘立てのBL」を作りました。#カサバース
— コミックシーモアBL【公式】(シーモア) (@comic_cmoa_bl) July 22, 2024
(1/4) pic.twitter.com/W8snmb3g2V
時にはマイトンくんとアルロンくんが眼鏡と眼鏡のレンズを合わせあいっこして……そんなことも妄想したことがある。ああっ。これ以上先を想像してはいけない。ここから先は、禁断の沼地だ。
私の嗜好をアルロンくんどころか、クラスメイトに悟られてはいけない。絶対に。私はただの、ちょっぴり不憫で妄想癖のある大人しいレディ。よし、そのイメージでいこう。それにしても不憫同士の不憫カップル、なんか可愛いじゃないの。なんてことを思いつつ、私のニヤニヤが止まらない。
アルロンくんに近づくには、どうすればいいのか。そんな私は、彼と一緒に美化係を目指そうとしたこともある。けれど、そういえば私……。掃除が苦手だった。
きっとアルロンくんは、綺麗好きなはず。だって、美化係だし、誤字脱字にも厳しいところがある。そんな私に、アルロンくんは時折「みくさん、ここ字間違ってますよ?」と、こっそり目配せをして教えてくれる。その度に、胸キュンが止まらない。いっいや、わざと文字を間違えてませんからね!!!
彼に好かれるには、掃除しなくっちゃ。そこで私は早速台所を100禁……いや。100均アイテムで掃除することにした。
ゴシゴシ、きゅっきゅつ。ピカピカになったガラスコンロの写真を撮影し、クラスメイトに報告する。
「みくさん、凄いです!自分の家のキッチンを写真に取ってキレイにする過程を記すこと。自分をキラキラと良く見せようとするのではなく、限りなくリアルで素晴らしいと思いましたっ!キラキラしてないところも見せる姿勢、好きです!」
褒めてくれたのはアルロンくんではなく、クラスのマドンナ的存在のすのうさん。
彼女は可愛いだけではなく、作文コンテストで授賞もしており、文才にも恵まれている。最近では、メディアから取材も受けたらしい。まさにクラスのスター的存在。
アルロンくんの眼差しを辿る。彼の限りなく真っ直ぐな瞳は、すのうさんに向けられていた。告白する前に、私はどうやら振られたらしい。
くぅぅぅ!悔しさのあまり歯をギリギリと鳴らしていると、クラスメイトのゆにちゃんが「嫉妬とかは、きっと誰だってあると思うよ」と囁き、私の肩にぽんと手を置いた。
ゆにちゃんのさりげない優しさに救われる。
ふと顔を見上げると、突き刺すようにまっすぐな眼差しを感じる。目をやるとそこには首に蛇のようなマフラーを巻いた、謎の男……いや、担任の小西先生が佇んでいる。
「みくまゆたん。あなたは今、何か想像をしましたね」
どきりとした。小西先生に、まさか私の変態性がバレているのでは。先生はまるでその想いを見透かしているかのように
「頭に思いついたことを書きなさい。それが創造です」
と、淡々とした口調で語った。先生はその後も、私にさまざまな教えを伝えようとする。誰かの心を掴みたいなら、その人のことを思い浮かべて「コートを脱がす」ことが大事なのだと。
けれど、脱がしすぎないことも大切だよと。なぜなら、人間は誰かの秘密を知ると好きになってしまうから。脱がしすぎてしまうと、その魅力の沼に浸かり、もう戻ってこれないよと……。
小西先生の発言は、いつも奥が深そうだ。先生はいつも、クラスメイトからは「なんのはなしか、先生の話はよくわからない」と突っ込まれている。けれど、きっとその発言には深い意味があるのだと感じる。
先生の発言を聞いて、ふと思う。そうか。私が今頭で思い描いたことは妄想でもあるけれど、同時に創造でもあるのか。ならば、頭に浮かんだものを紙に書き出してみたら、それは「創作」になるのではないだろうか。
「僕でよかったらみくさん、協力しますよ」
隣でニヤリと笑うのは、レジェくん。彼は、AIを駆使してゲームを考えるのが得意な男の子だ。
「レジェくん、ありがとう。私の右腕として創作を手伝ってくれる?」
「ええ、みくさんのためなら頑張ります。そうそう、みくさんをみていたら脳裏に『曲』が浮かんだんですよねぇ」
そういって、レジェくんは屈託なく笑った。すると、隣のディエム君が「僕で良ければ、ピアノ弾きますよ?」と声をかけてきた。彼はピアノが得意らしく、合唱コンクールでは毎回美しいメロディを奏でている。
ピアノ好き男子、か。うん、素敵。彼もきっと、眼鏡をかけたら似合いそうだ。ディエム君が眼鏡をかける姿を妄想して、私は1人ニヤリと笑う。
「私……、ムーンライト伝説なら歌えます!」
そう語るのは、転校生のちくわさんだ。普段は控えめな彼女が、声を震わせている。彼女はきっと本気だ。
彼女は唐突にそう告げて、カセットテープを渡す。その瞬間、私は彼女の後ろでバックダンサーをするために、アキレス腱を伸ばし始める。もうこれは私、彼女のソロパートを盛り上げるために踊るっきゃない。
「あっ……あのっ。みゆ……みゅみゅです。私、落語と短歌でしたら……」
背後から、可愛らしい声が聞こえる。クラスの隠れマドンナ的存在、みゆちゃんだ。すのうちゃんが太陽なら、彼女は夜空に瞬く月とも言えるだろうか。
彼女は控えめだが、実はとっても聡明。クラスでも成績は上位で、頭が良い子というイメージがある。彼女は休み時間になるとコツコツと短歌を詠み始めるのだが、どの作品も日常を切り取るのが上手く、ハッとさせられる。
誰よりも早く半袖になる君はもうこれ以上モテないでくれ / 亜麻布みゆ
— 亜麻布みゆ| 言の葉みゆフィーユ (@amanumiyu) February 24, 2025
アプリ日替わりお題『半袖』https://t.co/o5TbHUVRyK#短歌 #tanka #短歌アプリ57577 pic.twitter.com/kqOulJFxH4
そんな彼女の可愛さ、才能に憧れる男子は少なくない。ふと背後から強い視線を感じて振り返ると、学級委員のマイトンくんがみゆちゃんに熱い眼差しを送っていた。彼は女性の懐に入るのは上手いけど、どうやら本命の前ではタジタジのようだ。
みゆちゃんは控えめ、謙虚なイメージがあるものの、彼女自身は「謙虚ブロックを外したい」のだとか。
短歌を詠みつつ、自己表現も鍛えていきたいと、きらきらした瞳で語る彼女の横顔は凛としていて、とても眩い。
「りんご ごりら らっぱ ぱんつ 掴むのはとうふ」
後部座席から、謎のセリフが聞こえる。クラスの賑やかし部「Dさん」だ。Dさんは居眠りをして、寝言を呟いていた。
夢の中で、どうやら早口言葉を喋っているらしい。このDさんは30年後、みくまゆたんの夫になる人物である。
「みなさん、こんにちは。放送係が、下校時間までの10分間放送をお届けします。今日の担当は、3年n組のリィです。そしてスペシャルゲストに、過剰考察が人気のlionさんをお呼びしています」
「リィさん、こんにちは」
「lionさん、こんにちは。私のクラスでは今、レジェンドさんの曲に合わせて歌、ダンス、ピアノを披露するのがブームみたいです。この件について、なにか考察はありますか?」
「はい。考察大好きなので、ネタはたっぷりあります!いよいよ私がここで考察を語る機会がやってまいりました。緊張するので、古舘さんを召喚して今回は喋ろうと思います。
さあ、ついに!ついにやってきました!
なんと!今回、ちくわさんがムーンライト伝説を歌い、みくさんが南中ソーランをバックダンサーとして踊るそうです!」
興奮気味に語るlionさんに対し、リィは落ち着いた口調で「流石にみくさん、もうちょっと空気を読んで踊ると思います」と回答する。
「でもみくさん、南中ソーランしか踊れないという話を小耳に挟んだんですけど……」
「みくさんは、米津玄師の歌が確か好きだったはず。ひょっとすると、lemonのバックダンサーみたいに『両手をあげたり、下げたり』という振りをするかもしれませんね」
「なるほど。ムーンライト伝説に、米津玄師ときたかぁぁ!月とすっぽんならぬ、月とレモン!黄色同士のハーモニーと言ったところでしょうか?さあ、演舞はウケるのか?それとも……どうなるのかぁぁぁ!!」
教室中に、渋いlionさんの声が響き渡る。
【完】
このお話は、凛花さんのお話「3年n組きょうの授業は、物語の種まきです」のスピンオフです。
チャレンジャーの方は、ぜひスピンオフ考えてみてくださいね。
【追伸】
アルロンさん、話の中で思い切り弄りまくってすみません。
僕めっちゃ好きなんですよ、こういう「いろいろなキャラクターが共演する」みたいなやつ
人との距離感の掴み方がわからず、いつもK点を超えてしまいます。
アルロンさんに限らず「この表現はちょっと」という場合であれば、遠慮なくおっしゃってください!そうやって少しずつ、人との距離感を掴んでいこうと思っています。
(きっと……きっと……喜んでくれるはず……ドキドキ。)