#59 青空の下で
こんばんは、Mikuです。
本日2本目の投稿になります!(タスクは進んでいない顔)
1本目の投稿はこちら↓
今日は朝からプログラムだったのですが、そのスタートは、まさかの海岸!
海岸に一直線に椅子を並べて、海を見つめて、波の音を聴きながら20分思考を
巡らす、というプログラムでした。
私はその時に3つのトピックについて考えました。(飽きっぽい性格が出てる)
一つ目は、自然は永遠なのかということ。
このプログラムの冒頭で、「現代の経済学では、自然は無料で無限」だけど、実際はどうなのか…?という話がありました。
これを聞いたわたしは、波がザバッと音を立てて、大きな波や小さな波が海岸に押し寄せている様子を見て、「大地の呼吸だな」と思いました。そこで、呼吸しているってことは、やはりこの大地も生き物だし、生き物ということはいつか終わりがきて、死ぬ時がくるんだって直感的に思いました。じゃあ、自然って無限じゃなくて有限なんじゃないか?というところで一つ目の物思いが終わりました。
次に、ふと「私は議論や討論は好きじゃない」と思いました。
昨日、講師の山口さんともお話した内容の影響も多少受けてこのような思いが浮かんできたんだと思います。私は、やっぱり対話が好きで楽しいけど難しいって同時に思いました。
その心は?
何事にも、話あうとなるとやはり結論を出すことが求められるし、それが当たり前でそのような思考しかしてこなかかった結果、自分が疲れていたのかもしれないと思いました。
逆に、「人と向き合えている」という感覚が得られて、損得を考えずに、話せる対話がとても好きなんだというのもわかりました。(だから、型にはまった接客とか、営業とかが苦手なんだなというのにも気づきました。)
これで2つ目の物思い終了。
最後。「昔の人たちは、津屋崎の海を見ながら何を思ったのか」ということ。
この時は、椅子から立ち上がって波打ち際をうろうろしていました。
それこそ、昔は目の前の島で朝鮮通信使との接見が行われていた時代もあるわけです。地元の人は、「あんなところで何を話しているんだろう」とか、「おっかないなあ、攻められないといいなあ」とか思ったのかなとか、色々思いをはせていたらタイムアップでした。
どれにも正解はないし、私の心が動いたことや頭が回転したことをそのまま記しただけです。
もし、同じような時間がまたあるとしたら、私が思うことは変わってくるかもしれないし、変わらないかもしれません。
そこは柔軟さを持って、私らしくまた自己との対話を重ねたいです。
Auf Wiedersehen!
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