問わず語り 横山ミィ子『蛤天丼』
2023年9月19日発売の少年画報社コンビニコミック『思い出食堂 Bランチ ナポリタン編』に、10ページの読み切り漫画作品『蛤天丼』を掲載して頂いた。どうぞよろしくお願いします。
小学生の女の子二人が主人公だが、描きたかったのは彼女たちの周りにいる大人たちだった。子どもたちを見つめ、きちんと向き合い、言葉でもって説得できる大人たちを登場させたかった。大人というのは、別に子供たちのことを二の次で好き勝手しているのではなく、やむを得ない事情もあるものだ、という側面である。またそれは、大人が子どもの目を見て語るのがいいと思った。
なお、主人公の友人、万里子の両親は裁判官である。これは私が法律関係の仕事をしているから選んだわけではなく、私の友人の伴侶が裁判官で、年賀状を受け取るたびに、住所がしょっちゅう変わることに気づいたのが始まりだった。裁判官はおおむね3~5年で異動になる慣習があるという。もちろんこれは強制ではなく、本人の意思を尊重するということだが、実際問題、拒否することは難しいだろう。そこで異動の目的、趣旨が大事になると私は考える。だからこそ万里子の母親に言わせた。
実際のところどうなのだろうか?答えはわからないだろう。異動がなかった場合とあった場合の、判決に与える影響の比較などできようはずがないからだ。ひょっとしたら、あまり意味のないことなのかもしれない。だが、人ひとりが仕事の都合上でその人生を振り回されるのであれば、それは大いなる目的のためであるべきだ。もちろん、その目的が時代や状況に合致しなくなるのであれば、変えていくことも必要だと思う。
ここで、完成稿に至るまでに、自分の判断で修正を加えた箇所(NG集)をご紹介しよう。以下は漫画の一コマ。
以下は同じ場面でNGにした絵。
これは食事の場での一コマだが、子どもたちが前髪を上げたりピンで留めたりして食事用の身だしなみを整えているのに、肝心の大人(しかも子どもを説得する大人)が髪をだらんと垂らしているのはどうかと(締め切り間際に)思い、「やっぱりこれはダメだろう」と上の絵に差し替えた次第である。自分で修正すべき点に気づいたとき、一番気が重いのは気づいた瞬間で、覚悟を決めて修正を始めてしまえばなんてことない、という場合は多い。上の絵で足りているかどうかは不安だが、差し替えてよかったと思っている。
一方、次の絵は掲載されてしまった後で自分の失敗に気づいたもの。
以下は予定の絵。
おわかりのように、配送用の車に書かれた「おこめのことなら マルタ米穀店」の文字が掲載誌面では消えてしまっている。なぜこのようなことが起こったか。これはデジタル作画ならではの落とし穴で、画像データとテキスト(文字)データが別々になっているからだ。原稿データを納品する際、セリフは編集側で入れるため、画像だけのデータを納品する必要がある。画像だけのデータを作るにあたり、「テキストは出力しない」という設定にするのだが、当然ながらテキストで作った箇所はすべて出力されなくなってしまう。絵の一部として文字を入れるなら、テキストデータでなく画像データにしておかないといけなかった。
絵もそうだが、内容にしても、盛り込んだポイントが多すぎて肝心の食べ物があまり描けなかったのは大いに反省している。蛤天丼を選んだ理由はひとえに私が大好きな地元の食べ物だからだが、どうしてしほ子が突然それをご馳走されることになったのか。地元にあってもあまり知られていない逸品でもあり(と思うが)、むしろ地元以外の人に地元の人が教えられる、という設定にしたものだが、きちんと説明するべきだった。そもそも、「三重県桑名市は蛤で有名」ということすら全国的に通用するのか、心もとなく、そこから描くべきだったと思っている。
とはいえ、二人の少女を描いているのは楽しかった。しほ子、万里子が、これから何と出逢い、どういう人生を歩んでいくのだろうか。三重県四日市市の工場地帯の夜景は、観光名所としてにぎわいを見せているが、そこに公害という悲しい歴史があることを知った時、どんな心の成長があるだろうか。私が設定し生み出した世界とキャラクターたちは、自分にとっての別の人生のような、ぬくもりと輝きを持っているものなのである。
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