チャールズ・スポルジョン『朝ごとに』2024年2月21日


5金銭に執着しない生活をし、今持っているもので満足しなさい。
神御自身、「わたしは、決してあなたから離れず、決してあなたを置き去りにはしない」と言われました。
6だから、わたしたちは、はばからずに次のように言うことができます。
「主はわたしの助け手。わたしは恐れない。人はわたしに何ができるだろう。」
7あなたがたに神の言葉を語った指導者たちのことを、思い出しなさい。
彼らの生涯の終わりをしっかり見て、その信仰を見倣いなさい。
8イエス・キリストは、きのうも今日も、また永遠に変わることのない方です。
9いろいろ異なった教えに迷わされてはなりません。
食べ物ではなく、恵みによって心が強められるのはよいことです。
食物の規定に従って生活した者は、益を受けませんでした。

"He hath said."Hebrews 13:5
「神が言われた。」(ヘブライ13:5)


If we can only grasp these words by faith, we have an all-conquering weapon in our hand.
もし私たちが信仰によってこの言葉を掴むことができれば、私たちは全てを征服する武器を手に入れたことになる。

What doubt will not be slain by this two-edged sword?
この両刃の剣によって殺されないような不信があるだろうか?

What fear is there which shall not fall smitten with a deadly wound before this arrow from the bow of God's covenant?
神の契約の弓から放たれたこの御言葉の矢を受けて、致命傷を負って倒れないような恐れなどあるだろうか?

Will not the distresses of life and the pangs of death;
will not the corruptions within, and the snares without;
will not the trials from above, and the temptations from beneath, all seem but light afflictions, when we can hide ourselves beneath the bulwark of "He hath said"?
人生の苦悩も死の苦しみも、内なる堕落も外なる罠も、上からの試練も下からの誘惑も、
「主はこう言われた」
という防波堤の下に身を隠すことができれば、すべてが軽い苦悩にすぎないように思えるのではないだろうか。

Yes; whether for delight in our quietude, or for strength in our conflict, "He hath said" must be our daily resort.
そうだ。静寂の中で喜ぶためにも、闘いの中で強くあるためにも、
「主は言われた」
という言葉は私たちの日々の拠り所でなければならない。

And this may teach us the extreme value of searching the Scriptures.
そしてこのことは、聖書を注意深く調べることの、極めて重要な価値を教えてくれるだろう。

There may be a promise in the Word which would exactly fit your case, but you may not know of it, and therefore you miss its comfort.
御言葉の中には、あなたが直面しているケースにぴったり合う約束があるかもしれないし、逆にそれを知らないために慰めを逃していることも有り得るのだ。

You are like prisoners in a dungeon, and there may be one key in the bunch which would unlock the door, and you might be free;
but if you will not look for it, you may remain a prisoner still, though liberty is so near at hand.
あなたがたは地下牢の囚人のようなものだ−
手元の束の中には扉を開ける鍵があるかもしれないし、一本でも鍵があればあなたは自由になるに違いない。
でもそれを探そうとしないなら、自由はすぐそこまで来ているのに、囚人のままかもしれない。

There may be a potent medicine in the great pharmacopoeia of Scripture, and you may yet continue sick unless you will examine and search the Scriptures to discover what "He hath said."
聖書の偉大な薬局方には強力な薬があるかもしれないが、あなたが聖書を吟味して探し、"主が言われた"というこの約束を発見しない限り、あなたはまだ病み続けるかもしれない。

Should you not, besides reading the Bible, store your memories richly with the promises of God
ただ聖書を読むだけでなく、神の約束をあなた自身の経験・思い出と結び付けて、豊かに保管すべきではないだろうか?

You can recollect the sayings of great men;
you treasure up the verses of renowned poets;
ought you not to be profound in your knowledge of the words of God, so that you may be able to quote them readily when you would solve a difficulty, or overthrow a doubt?
あなたは偉人の言葉を思い出すことができる。
有名な詩人の詩を大切にしている。
ならばあなたは、困難を解決したり疑いを覆したい時にすぐ神の言葉を引用できるように、神の言葉について深く知っておくべきではないか。

Since "He hath said" is the source of all wisdom, and the fountain of all comfort, let it dwell in you richly, as "A well of water, springing up unto everlasting life."
「主は言われた」
この言葉こそ全ての知恵の源であり、すべての慰めの泉である以上、それを「永遠の命に至るまで湧き出る水の井戸」として、あなた自身の内に豊かに宿らせなさい。

So shall you grow healthy, strong, and happy in the divine life.
そうすれば、あなたは神聖な生活の中で健康に、強く、幸せに成長するに違いない。





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