チャールズ・スポルジョン『朝ごとに』2024年3月30日
"He was numbered with the transgressors."Isaiah 53:12
「彼は罪人の仲間として数えられた」
(イザヤ53:12)
Why did Jesus suffer himself to be enrolled amongst sinners?
なぜイエスは「罪人の中に入れられる」という苦しみを自ら味わわれたのか?
This wonderful condescension was justified by many powerful reasons.
この驚くべき謙卑は、多くの強力な理由によって正しかったと言える。
In such a character he could the better become their advocate.
このような人物であるからこそ、彼は罪人の擁護者となることが出来た。
In some trials there is an identification of the counsellor with the client, nor can they be looked upon in the eye of the law as apart from one another.
裁判によっては、弁護士と被告人が同一視されることもあり、法の目から見て、両者が別個のものとして見られることはない。
Now, when the sinner is brought to the bar, Jesus appears there himself.
He stands to answer the accusation.
今、罪人が法廷に引き出されると、イエスがそこに現れる。
彼は告発に答えるために立ち上がった。
He points to his side, his hands, his feet, and challenges Justice to bring anything against the sinners whom he represents;
he pleads his blood, and pleads so triumphantly, being numbered with them and having a part with them, that the Judge proclaims,
"Let them go their way;
deliver them from going down into the pit, for he hath found a ransom."
彼は自分の脇腹、手、足を指差し、自分が代表している罪人たちに対して何かをもたらすよう、「正義」に挑む。
彼は自らの流した血を示し、自らが罪人の一人数えられ、彼らと行動を共にしていることを誇りを持って訴えたので、ついに裁判官はこう宣言した。
「彼らを好きなように行かせなさい。
彼らが穴に落ちないように助けなさい。
この人が、彼らのための身代金を用意したのだから。」
Our Lord Jesus was numbered with the transgressors in order that they might feel their hearts drawn towards him.
私たちの主イエスは背信者の一人に数えられた。
それは彼らが「私たちの心はイエスの方に引き寄せられている」 と感じるためであった。
Who can be afraid of one who is written in the same list with us?
私たちと同じ名簿に記されているその方を、どうして恐れる必要があろうか。
Surely we may come boldly to him, and confess our guilt.
間違いなく、私たちは大胆に彼のところに行き、自分の罪を告白して良いのだ。
He who is numbered with us cannot condemn us.
私たちと共にに数えられたその方は、決して私たちを罪に定めることがない。
Was he not put down in the transgressor's list that we might be written in the red roll of the saints?
私たちの名が「聖徒の赤い名簿」に書き込まれるようにと、彼は違反者の名簿に載せられたのではなかったか?
He was holy, and written among the holy;
we were guilty, and numbered among the guilty;
he transfers his name from yonder list to this black indictment, and our names are taken from the indictment and written in the roll of acceptance, for there is a complete transfer made between Jesus and his people.
彼は聖なる者であり、聖なる者の一人に記されている;
私たちは罪人であり、罪人の一人に数えられた;
彼は自分の名前を向こうの名簿からこちら側の黒い起訴状に移した。
そして私たちの名前は起訴状から外され、「神に受け入れられた者の名簿」に書き込まれる。
イエスとその民の間に完全な、「喜ばしい交換」が行われるからである。
All our estate of misery and sin Jesus has taken;
and all that Jesus has comes to us.
「不幸と罪」という私たちの財産を、イエスはすべて取り除いてくださった;
そして、イエスが持っておられる全ては私たちにもたらされる。
His righteousness, his blood, and everything that he hath he gives us as our dowry.
彼の義、彼の血、そして彼が持っているすべてのものを、彼は私たちの持参金として与えてくれる。
Rejoice, believer, in your union to him who was numbered among the transgressors;
and prove that you are truly saved by being manifestly numbered with those who are new creatures in him.
信者よ、「違反者の一人に数えられた方」との結びつきを喜びなさい。
そして、明らかに「神の内に新たに創造された者たち」の一人に数えられるような生き方を通して、あなたが本当に救われていることを証明しなさい。