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蒼色の月 #122 「焦燥」

長男悠真の大学センター試験まで、一か月を切ってしまった。
その後、対処するといった裁判所からも、結城弁護士からも連絡は来ていない。
結城弁護士は、夫の弁護士と水面下で交渉してくれると言ったものの、連絡がこないところを見ると、未だ夫は頑として進学費用を出すと言わないのだろう。
ある日弁護士から電話が来て、旦那さんがようやくお金を出すと言ってくれましたよ、なんて良い知らせが届いたらどんなにかいいだろうと私は何度も想像した。

しかし、現実はそんなに甘くないのだ。

元々長男に、大学進学をすすめていたのは夫。
なのに、夫は本気で長男に大学進学を諦めさせるつもりなのだろうか。
こんな土壇場になって?
自分の子供に?
自分はベンツを買ったのに?
信じられない。
実の父親がやることじゃない。

夫が出すと言わない限り、夫から進学費用を法的に取る方法は、現時点ではないと弁護士は言った。
裁判所も弁護士も、この件について私の言うことに理解は示してくれたものの、だからといって実際夫の対して強制的に、なにかできるわけではない。裁判所や弁護士の力にも、限界があるということだ。

今や長男の大学進学は、本当に私一人の肩にかかっている。
私がもし「こんな状況じゃ、もう大学進学は無理」そう諦めれば本当に長男の進学は消えてなくなる。
長男の大学進学が消えれば、自ずと長女や次男の大学進学も消えてなくなるだろう。
世の中には、いろんな考え方があって、それも人生という人もいる。人生全てが思い通りにはいかないことを、教えるのも必要とか。
確かにそれも一理ある。
しかし、私はこの件に関しては、どうあってもそうは思えないのだ。

長男悠真は、こんな状況下でも、今まで皆が行く塾にも行かず、自力で努力を重ねてきてのB判定。
私たち両親も、子供達の将来のためにと、たいした贅沢もせずこつこつと20年間貯金をしてきた。
なのに、夫が不倫をしたばっかりに、悠真のそして私たち夫婦の今までの努力が全て無駄になってしまうのはどうあっても呑み込めない。
それは私は絶対にいやだ。
絶対にいやだ。

どうすれば夫に、進学費用を出すと言わせることができるのだろう。
そんな事を考えると、私は焦るばかりで夜もほとんど眠れなかった。

法の場には、もちろん良いところもある。
しかし、調停は一ヶ月に一度あればいい方で、双方弁護士、そして申立人と被申立人、それから裁判所その5者の予定が合う日でないと次回の調停は開かれない。

相手方に一つ質問しても、一ヶ月以上経たないとその返事は返ってこない。この時間がかかる進み具合が、どうにもこうにも私を焦らせる。

夫が返答をすると言った第3回目の離婚調停は、年明けの18日、センター試験の3日後だった。
進学費用が確保できるかできないか、わからないままのセンター試験を受けることになる。
もちろん、そんな窮地に立たされているとは悠真には知らせていないが。
それでは心配で、私の心がもたない。

翌日、私はたまらず結城美佐子弁護士に電話をした。

「結城先生、長男の進学費用のことなんですけど」

「はい。実はその件は、私も何度も旦那さんの弁護士に電話をしているんですけど電話に出ないんです」

「弁護士さんが電話に出ないんですか?着信見てかけ直してこないんですか?」

「はい。そうなんです。事務所にも携帯にも、何度もかけてるんですが…」

そんなばかな。
弁護士ともあろう者が、そんなことをするなんて。
結城先生が、何度も電話する理由は先方弁護士ももちろんわかっているだろう。センター試験が間近であることも。
なのに一切電話に出ない。
子供の人生がかかっているのに。

「あれから裁判官とも話をしてまして、離婚どうこうよりもご長男の進学問題の方が急を要することは、充分に理解してくださってるんですが、何分先方に連絡がつかなくて」

後で知ることになるが、弁護士と言っても十人十色。
尊敬すべき素晴らしい弁護士もいるけれど、そうでない弁護士も実際存在する。後者が夫の代理人である弁護士だった。
やがてその弁護士は、まさかの事件を起こしてしまう。
その話はいずれじっくりとしたい。

「とにかく、再度連絡してみますから、麗子さん焦る気持ちはわかるけどなんとか今は堪えてね。私もちゃんと動いていますから」

「はい。先生、すみません。宜しくお願いします」

堪えてね。
自分のことならば、たぶん私は堪えれる。
しかし、子供のこととなったら私はそうはいかないのだ。
自分は傷付けられることを我慢できても、子供を傷付けられようとしているのに、私は我慢なんて出来ない。
出来ない。
出来ないものは出来ない。
なんとしても子供だけは守る。

私は弁護士から言われていた、一つの決めごとを初めて破ることを決めた。


mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!