枕選び
人間の一生の約三分の一は睡眠時間。
そう考えると、睡眠にはしっかり気を使っていきたいと思い、いい枕を買うことを決めた。
友達に枕選びの相談をしたらいい寝具屋を知っているとのことだったので教えてもらい、行くことにした。
お店は大阪の山の方で、駅から歩いて30分ほどかかる所にあった。
お店の名前は『ザ・枕』。
こんなに期待と不安が両方押し寄せてくる名前もそうない。
店の外観は古い洋食屋みたいで中の様子は良く見えない。
意を決してドアを引き、店に入った。
しかし目の前に受付台があり、店員さんがいるだけで、中には枕や寝具らしきものは何もない。
「いらっしゃいませ。ようこそ、ザ・枕へ。」
店員さんは無機質な表情と声のため、『ザ・枕』が余計におかしく聞こえる。
僕は早速、枕を買いたいと店員に伝えた。
「分かりました。ではこちらのアンケートをご記入下さい。」と紙を渡された。
「アンケートの記入内容で店長がお客様のお身体、お気持ちに合った枕をお作りされます。」
お気持ち?
アンケート用紙の内容を見てみると…
・あなたは本当に枕を買いたいですか?
1 ・ 2 ・ 3 ・ 4 ・5
全く思わない 強く思う
・本当に?
1 ・ 2 ・ 3 ・ 4 ・ 5
・枕があるから今があると思いますか?
1 ・ 2 ・ 3 ・ 4 ・ 5
…など、どれほど今枕を欲しているのか、枕を尊く思っているのかをこれと合わせて10項目ほどの質問があり、それより下は…
・初めて枕の存在のありがたさを強く感じた時はいつですか?
・その時のエピソードを記述してください
・母親とあなたの枕の2人が海で溺れています。あなたはどちらかしか助けることが出来ません。どうしますか?
…などの記述タイプの質問になっていった。
本当にきつかった。
記入してる間、店員さんがずっとこっちを見ている。
あの鋭い眼を見て、これは失礼の無いように書かなければと思い、自分にとっての枕とは何なのかを精一杯掘り下げて、何もなかったけどそれでも掘って、なんとか答えを絞り出して記入した。
もうこれ以上何も思いつかないと思い、不安ながらもどこか清々しい気持ちで店員さんに提出した。
店員さんは一通り用紙に目を通して、「では店長に拝見していただき、枕の製作を開始されますので、6時間後またこちらにお受け取りにいらしてください。」
6時間で出来るの?とも思ったし、長いこと待たないといけないなとも思ったが、ここで6時間も待てないので、山の周辺を散策して時間を潰すことにした。
周辺は特に何もなく、只々歩いては休憩してを繰り返した。
そうやって6時間過ごしていると段々すごく枕が欲しくなってきた。
いい枕で寝て、この疲れを癒したい。
この気持ちがピークに達し、僕は店のドアを引いた。
「お待たせしました。こちらがお客様専用の枕になります。」
立派な木の箱の中に枕が収められている。
もう見てるだけで疲れが取れていくような気分になった。
早く休みたい気持ちが強すぎて「ここでこの枕を使って少し休ませてもらえませんか?」と言ってしまい、「そのようなサービスはしておりません。」とあっさり跳ね返された。
そこからの帰り道が今までの人生で1番長い時間だった。
帰ってすぐさま寝る準備をして枕を変え、眠りについた。
起きた瞬間に「快眠にも程があるだろ」と言ってしまった。
人生で1番しんどくてキツいアンケートだったが、誠心誠意答えて本当に良かった。