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漱石と大江健三郎 (英語対訳)5      Soseki and OE Kenzaburo (English translation)5

5 漱石と大江健三郎 (2)


    大江健三郎と漱石の弟子野上弥生子は、孫ほども年が離れていましたが、気持ちに通じるものがあったのか、仲がよかったようです。弥生子の葬儀の際には、進行役をつとめられました。
二〇一四年四月八日、東京・日比谷野外音楽堂で開かれた「解釈で憲法9条を壊すな!大集会」で、ノーベル賞作家大江健三郎が次のようにスピーチ(要旨)しました。
 
 「ちょうど百年前に小説家の夏目漱石は『こころ』を書きました。英文学者の漱石はデモンストレーションという言葉を翻訳して「示威運動」という訳語を作りました。この言葉は少しも流行しませんでした。日本で「示威運動」という言葉が流行しなかったのは、ずっとデモンストレーションというものがない社会体制だったからです。しかし、漱石は「示威運動」が重要だと言いました。
 漱石が死んで三十年たって、あの大きい戦争が始まり、広島、長崎を経験して戦争に敗れました。
 そして六十七年前、私は十二歳でしたが、日本人は新しい方針をつくった。新しい憲法をつくりました。そして憲法を自分たちの新しい精神として、新しい時代の精神として生き始めたわけです。
私はもう七十九歳です。私の人生はこの新憲法という時代の精神のなかでおこなわれたんです。戦争をしない、民主主義を守るという根本の精神がすなわち私の生きた時代の精神なんです。それを私は死ぬまで守り抜きたいと思っています。
 夏目漱石が「非常に危ない時代」だといったのは、明治の終わりにもう彼はそういう危機を感じ取っていたからです。いまのまま日本がすすんでいくと、大きいゆきづまりに出あうに違いないと彼はいった。そして30年たってあの戦争が起こりました。ところが、いまの政府は、いろんな犠牲によってできあがり、私たちが67年間守り抜いてきた時代の精神をぶっ壊してしまおうとしています。  
 それも民主主義的な方法じゃない。内閣が決めれば、日本が集団的自衛権を行使して、アジアでおこなわれる、あるいは世界に広がっていくかもしれない戦争に直接参加する。
 保守的な政府すらも守り抜いてきたものを民主主義的でない方法で国民投票もなしに一挙にぶち壊して新しい体制に入ろうとしているわけです。
いま、日本人の時代の精神がもっとも危ないところに来ていると思います。戦争しない、民主主義を守るという、67年間続けた時代の精神を守るために私たちにとりうる方法は、漱石のいう「示威運動」すなわちデモンストレーションです。」
 

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