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漱石と大江健三郎 (英語対訳)8      Soseki and OE Kenzaburo (English translation)8

8 漱石と大江健三郎 (5)


 大江健三郎は、『日記及断片』に書かれた「漱石の暗く鬱屈した苛立ちを、狂気と呼ぶことは決してあまりにまとはずれではない」と、漱石の病理性を認める一方で、「かれの緊張は、孤独なものではあるが、もっとも激しいもの」であり、その「独自の緊張によって、われわれ独自の緊張をみちびき、その緊張は、われわれをわれわれ自身の存在の根にむすびつける」として、漱石がその病的な状態の中で感じた緊張は、我々も共有しうるものであるとの認識を表明しています。
 すなわち、大江は、漱石の『日記及断片』の中に明確に病的なものを認めつつも、そうした病的な状態の中で漱石が感じていた緊張は紛れもない真正の感情で、我々にも共感しうる感情であるとする考えを述べています。大江は、漱石が病的な状態で書いた文章に病的なものばかりを見るのではなく、「われわれおのおのの狂気にむかわしめる緊張」や「全体的な自己表現の響き」を感じて評価し、「人間としての存在の根」に関わるものを見出すという、すぐれて病跡学的な態度を示しています。
 

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