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『文章の名手・藤沢周平作品の魅力』(英語対訳)

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藤沢周平の作品は、文章に詩情があり、人間の心の機微が巧妙に表現されている。風景描写の美しさと心理描写の丁寧さが際立っている。『橋ものがたり』、『せみ時雨』、『三屋清左衛門残日録』…
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2023年7月の記事一覧

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 8                      Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English Translation 8

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 8                      Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English Translation 8

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 88 (論考 2)
 主人公・小野屋新兵衛が外に女を囲ったり、人妻に心を寄せたりするのだから、つれ合いの気持ちもわからないではない。しかし、これが江戸時代の富裕な商家の主人のすることであれば、当時としては外に女を囲う程度のことは目くじらを立てるほどのことはない。江戸時代の不倫・密通は命がけだったことがあります。 迷いつつも最後は命がけで突き進む二人の姿が爽

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藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 7                      Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English Translation 7

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 7                      Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English Translation 7

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 7
7(論考)1
 新兵衛が紙問屋寄り合いの世話役に呼び出されて問い詰められた時も、恐喝者である同業者の塙屋彦介とのやりとりも商人同士の言葉のやり取りが緊張感を持って書かれています。武家の人間が出てこないので刀を抜いて斬り合うようなシーンは全くなく、藤沢周平が庶民を描いた作品にはよく出てくる「匕首」も一度も登場しません。あくまで頭と言葉で勝負する商人の世界

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藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 6                      Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English Translation 6

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 6                      Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English Translation 6

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 6
6(あらすじ) 5
  新兵衛がおこうの介抱に宿を使ったことを邪推した紙問屋の塙屋(はなわや)彦助が恐喝してくる。執拗に脅しをかけてくる彦助に、新兵衛の堪忍袋の緒が切れる。路上、取っ組み合った勢いで彦助の首に手を回してしまう。老練な岡っ引きの追及が迫る。
  進退窮まった新兵衛は、ある決断を下し、踏み出していく。決断が良きものであったのかどうか、著者は

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藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 5                      Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English Translation 5

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 5                      Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English Translation 5

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 5
5 (あらすじ) 4
 その後、新兵衛が用事で外に出たときのこと。丸子屋のおかみおこうと久しぶりに出会った。あのとき以来だったが、あの日に塙屋彦助に見られたという。新兵衛はよりによって悪い男に見つかったものだと思った。新兵衛がおこうの介抱に宿を使ったことを邪推した紙問屋の塙屋(はなわや)彦助が恐喝してきた。新兵衛がとりあえずカネで片付け、それをおこうに

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藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 4                      Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English Translation 4

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 4                      Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English Translation 4

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 4
4  (あらすじ) 3
  疲れて帰ってきた新兵衛は、息子の幸助が夜遊びで家にいないことを知り憤慨する。幸助はまだ十九である。こんな年で女遊びにはまっていては先行きが思いやられる。翌日説教をしたが、効き目はなかった。
 紙問屋の仲間内では、大店を中心にしてある画策がされようとしていた。それは問屋が儲かり、中間にいる漉家や仲買いを殺すことになるような事柄

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藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 3                      Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English Translation 3

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 3                      Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English Translation 3

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 3
3 (あらすじ) 2
 紙問屋の主人達が寄合いを終えて店を出て、駕籠を待っている。小野屋新兵衛もその一人だった。ぼんやりと待っていると塙屋彦助に声をかけられた。彦助は完全に出来上がっていた。その帰り道。新兵衛は自分に降りかかる老いの兆候を考えていた。ある時期を境にして自分は老いの方に身を置いてしまった感覚がある。それに気が付いたときに新兵衛は女遊びに走

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藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 2                      Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English  Translation 2

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 2                      Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English Translation 2

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳2
2  (あらすじ) 1
 紙商いの世界は厳しいが新兵衛の商売は順調であり商売のことなら負けないという自信もある。新兵衛は一介の仲買いから叩き上げ、江戸四十七軒で占める紙問屋の株を買い取って伸し上がってきた男だ。新興の小野屋に、大店の老舗が不当な介入や嫌がらせをしてくるが、くじけない。しかし、女房おたきとの関係は冷え切り、息子の幸助は遊びごとを覚え、仕事に

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藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳  1                                                            Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English  Translation  1

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳  1                             Fujisawa Shuhei "Uminari (The Roaring of the Sea.)": A Digest、Japanese-English Translation  1

藤沢周平『海鳴り』ダイジェスト、英語対訳 1

1(はしがき)
 藤沢周平は、1984年(昭和59年)に江戸を舞台にした恋愛小説『海鳴り』を書きました。主人公小野屋新兵衛は江戸の紙問屋を一代で築き上げた商人で46歳。老齢に指しかかった商人という市井の人で,主人公が引き起こす不倫の話を軸にした人情話・恋愛小説です。“ダブル不倫”の物語ですが、不義密通は死罪にもなった江戸期のこと。それへと踏み出すこと

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藤沢周平の史伝書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)10       Fujisawa Shuhei 's Historical Biographies and "Shijin (City Dust) ":(A Digest, Japanese-English Translation)10

藤沢周平の史伝書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)10       Fujisawa Shuhei 's Historical Biographies and "Shijin (City Dust) ":(A Digest, Japanese-English Translation)10

藤沢周平の歴史(史伝)書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)1010『市塵』5 その魅力(2)
 最後に簡単に紹介しておきますが、『市塵』は白石の自伝『折りたく柴の記』(岩波文庫)を下敷きにしたものです。付け加えれば「折りたく柴の記」の題名は後鳥羽院の「思いいづる折りたく柴の夕けぶりむせぶもうれしわすれがたみに」の歌に基づいています。さらに『市塵』の題名は「市井紅塵」の略であろう。「市井」は庶民の

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藤沢周平の史伝書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)9        Fujisawa Shuhei 's Historical Biographies and "Shijin (City Dust) ":(A Digest, Japanese-English Translation)9

藤沢周平の史伝書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)9        Fujisawa Shuhei 's Historical Biographies and "Shijin (City Dust) ":(A Digest, Japanese-English Translation)9

藤沢周平の歴史(史伝)書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)99 『市塵』4  その魅力 (1)  『市塵』は徳川6代将軍家宣及び7代将軍家継に仕え、いわゆる「正徳の治」を開いた新井白石を描いたもので、歴史小説のジャンルに入るものです。藤沢周平が実在の人物を主人公にして小説を書く時、当然ながら作者がその主人公に愛情や共感を抱いていることは間違いないところです。歌人長塚節を描いた評伝小説『白き瓶』や

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藤沢周平の史伝書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)8              Fujisawa Shuhei 's Historical Biographies and "Shijin (City Dust) ":(A Digest, Japanese-English Translation)8

藤沢周平の史伝書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)8              Fujisawa Shuhei 's Historical Biographies and "Shijin (City Dust) ":(A Digest, Japanese-English Translation)8

藤沢周平の歴史(史伝)書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)8 

8『市塵』3 あらすじ(2) 

 新井白石には是非とも成し遂げなければならない事があった。一つには、先代綱吉政権下での乱脈を極めた貨幣政策の抜本的改革です。そのためには、責任者・荻原重秀との対決も辞さない覚悟です。

これに時期を同じくして、家宣の代になった事に対する、朝鮮使節の歓迎式典が執り行われたり、はたまた、シドッチという

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藤沢周平の史伝書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)7               Fujisawa Shuhei 's Historical Biographies and "Shijin (City Dust) ":(A Digest, Japanese-English Translation)7

藤沢周平の史伝書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)7               Fujisawa Shuhei 's Historical Biographies and "Shijin (City Dust) ":(A Digest, Japanese-English Translation)7

藤沢周平の歴史(史伝)書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)77『市塵』2 あらすじ(1) 幕府藩主・綱豊に仕えている新井白石。当代・綱吉に子供が望めなくなり、綱豊が次期将軍として江戸城に入城する事になった。綱豊は家宣と名を改めました。

 新井白石は甲府藩の家老・閒部詮房から政治顧問として家宣を助けるように頼まれていた。新井白石の博識は家宣政権にとって必要不可欠と判断したのです。

 五代将軍綱

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藤沢周平の史伝書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)6        Fujisawa Shuhei 's Historical Biographies and "Shijin (City Dust) ":(A Digest, Japanese-English Translation)6

藤沢周平の史伝書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)6        Fujisawa Shuhei 's Historical Biographies and "Shijin (City Dust) ":(A Digest, Japanese-English Translation)6

藤沢周平の歴史(史伝)書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)6

6 『市塵』1 (はじめに)
 『市塵』(しじん)は、藤沢周平の長編時代小説。新井白石が主人公。第40回芸術選奨文部大臣賞受賞作。

 江戸中期、甲府藩侍講であった儒学者新井白石は、主君・徳川綱豊(のち徳川家宣)が6代目将軍となり、その最側近として正徳の治の事実上の主導者として幕政の桧舞台に立ちました。

貨幣改鋳、朝鮮通信使待遇問

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藤沢周平の歴史(史伝)書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)5        Fujisawa Shuhei 's Historical Biographies and "Shijin (City Dust) ":(A Digest, Japanese-English Translation)5

藤沢周平の歴史(史伝)書と『市塵』(ダイジェスト、英語対訳)5        Fujisawa Shuhei 's Historical Biographies and "Shijin (City Dust) ":(A Digest, Japanese-English Translation)5

5『漆の実のみのる国』 (2)
 小説の中で鷹山は、改革が頓挫し、心がくじけそうになると、100万本の漆の木を想(おも)い、気をとりなおす。「ありのままの鷹山公」とは、空の彼方(かなた)、本の中の人ではなく、わたしたちのすぐ前を歩いている人の姿ということだろう。政治には、というよりも、人間の暮らしには、見果てぬ夢が必要だと作者はいっているらしい。
作品の終章に近く、いったん職を辞して藩政から離れた

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