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2022年1月の記事一覧
文章の名手、藤沢周平作品の英訳(10)English Translation of Fujisawa Shuhei's Works (10)
2-6-3 『橋ものがたり』(赤い夕日)で、博奕打ちの斧次郎に育てられ大人になったおもんはその事実を隠して、太物商「若狭屋」の主人・新太郎の嫁になった。彼女は斧次郎の死に目に会うため、五年ぶりに永代橋を渡ろうと思った。
別れを言いに行ったとき、斧次郎は、これでいい、きっぱりと縁を切るから、俺のことは忘れろ、と言った。
「永代橋のこっちに、俺がいることは、もう忘れるんだぜ。どんなことがあろう
文章の名手、藤沢周平作品の英訳(9)English Translation of Fujisawa Shuhei's Works (9)
2-6-2 『橋ものがたり』(赤い夕日)で、男女関係の描写も。
斧次郎は狼狽したように顔をそむけた。「大きくなると、ろくなことを考えねえ」「かわいそうに」とおもんは言った。ひどく大人びた気持ちになっていた。「女のひとに、よっぽどひどい目にあったのね」
その夜、おもんは斧次郎が寝ている部屋に忍び込んで行った。「やめろ」斧次郎は険しい声で言った。「つまらねえ真似をしゃがると、後で後悔するぞ」「
文章の名手、藤沢周平作品の英訳(8)English Translation of Fujisawa Shuhei's Works (8)
2-6-1 『橋ものがたり』(赤い夕日)で、博奕打ちの斧次郎に育てられ大人になったおもん。夫婦のように暮らしたこともあった。
------あれは、十六の時だった。
まだ新太郎の健康そうないびきがひびくのを聞きながら、おもんは闇の中に眼を見開いて思った。「どうしておかみさんをもらわなかったの?」ある夜食事が終わったとき、おもんは斧次郎にそう言った。斧次郎は驚いたようにおもんを見返した。その鬢(
文章の名手、藤沢周平作品の英訳(5)English Translation of Fujisawa Shuhei's Works (5)
2-4 『橋ものがたり』“川霧”ではこんな始まりだ。風景描写がみごとである。
「川の上に、霧が動いていた。高い橋の上から見おろすと霧は川上の新大橋のむこうから、はるかな河口のあたりまで、うす綿をのばしたように水面を覆っていた。だが綿でない証拠に、霧はたえず動き、ところどころで不意にとぎれて、その底から青黒い水面を浮かびあがらせる。」
「永代橋。長さ百十間あまり、幅三間一尺五寸の高い橋だった。
文章の名手、藤沢周平作品の英訳(6)English Translation of Fujisawa Shuhei's Works (6)
2-5ー1 『橋ものがたり』では「橋」を舞台に、藤沢周平は市井の人々の出会いと別れを紡ぎ出す。風景描写の美しさととともに心理描写の丁寧さも見られる。
「――いっそ別れるか。別れてやり直すか、と思った。そうしたらさぞさばさばするだろう。まだやり直しがきく年だ。だが、そう思ったとたんに、お峯への未練が衝きあげてきた。さくら色の耳たぶや、少しも形の崩れない乳房が頭の中にちらつき、本所のはずれに、人眼を
文章の名手、藤沢周平作品の英訳(7)English Translation of Fujisawa Shuhei's Works (7)
2―5ー2 『橋ものがたり』で、吉蔵がお峰を追いかけると、「女を殺すな!」と武士善左エ門が己の過去の経験から吉蔵に諭す。赤い夕日が橋を染めているラストシーンは素晴らしい。
「「いとしかったら、殺してはならん」
そう言ったとき、善左エ門の眼に不意に涙が盛りあがり、涙は溢れて頬をしたたり落ちた。善左エ門は眼をそらさずに吉蔵を見つめていた。涙の意味は、吉蔵にはわからなかった。それなのに、善左エ門をゆ
文章の名手、藤沢周平作品の英訳(4)English Translation of Fujisawa Shuhei's Works (4)
2-3 『橋ものがたり』 “吹く風は秋”では次のように締めくくる。
「日が立ち上がり、江戸の町に鋭く突きささってきたころ、弥平は猿江橋を渡っていた。川風が旅支度の合羽の裾をはためかせた。胸の中まで吹き込んで来るひややかな秋風だった。」(藤沢周平『橋ものがたり』-吹く風は秋-)
*『橋ものがたり』には、「約束」「小ぬか雨」「思い違い」「赤い夕日」「小さな橋で」「氷雨降る」「殺すな」「まぼろしの
文章の名手、藤沢周平作品の英訳(3)English Translation of Fujisawa Shuhei's Works (3)
2-2 風景描写についても『橋ものがたり』から引用しよう。
「江戸の町の上にひろがっている夕焼けは、弥平が五本松にかかるころには、いよいよ色あざやかになった。南から北にかけて、高い空一面をうろこ雲が埋め、雲は赤々と焼けている。そして西空の、そこに日が沈んだあたりは、ほとんど金色にかがやいていた。その夕焼けを背に、凹凸を刻む町の屋根が、黒く浮かび上がっている。あちこちの窓から灯影が洩れている
文章の名手、藤沢周平作品の英訳(2)English Translation of Fujisawa Shuhei's Works (2)
2-1 彼の作品:『橋ものがたり』
*文章に詩情があり、人間の心の機微が巧妙に表現されている。
「橋の上に、雨が音を立てていた。はじめておひさと逢ったあたりまで来たとき、吉兵衛は立ち止まって後を見、また行く手を見た。浅草の方には、まだ灯明かりがにじんでみえたが、本所側は暗くて墨のような闇があるばかりだった。」(藤沢周平『橋ものがたり』-氷雨降る-)
2-1 His Works: "Bridge
文章の名手、藤沢周平作品の英訳(1)English Translation of Fujisawa Shuhei's Works (1)
1 藤沢周平の横顔
藤沢周平(1927-1997)は文章の名手と言われる昭和後期-平成時代の小説家である。1927年12月26日山形県鶴岡市に生まれる。山形高等師範学校(現・山形大学)卒。本名は小菅留治。中学校教師、業界紙記者などを務める。昭和48年『暗殺の年輪』で直木賞。武家ものや市井ものを中心とした時代小説に下級武士や庶民の哀歓を端正な文体でえがき、人気作家となった。61年『白き瓶』で吉川英