【中学受験編】毒親との思い出④

今となっては、父も共犯である。
母が怒鳴り散らかしているのに対し、何も言わなかった。


父は仕事人間だった。
家から帰ってからも仕事。土日も家で仕事。

職場では評価されていたのかもしれないが、父としては評価するに値しない。

いつもイライラしてて、家族で食事中に話していたら、「うるさい。」と言われる。
そんな我が家の食事は沈黙の苦痛時間。


母に加えて、父も相手の目線で物事が考えられない人だった。
自分がいいと思ったものは、相手も喜んでくれると思っている人だった。

休日の日、たまに外食に連れて行ってくれた。が、お店選び、注文する料理の選択ははいつも父。
子供が食べたいものなど関係なし。
自分が美味しいと思っているもので、本人は家族サービスしているつもりなのだ。

きっとごはんは美味しいはずなのだが、
私はひたすら下を向いて無言の食事。
家族団欒が楽しいと思ったことない。
ごはんは、誰と食べるかが大事だと感じた。

父と母、共に自己中心的だったので喧嘩が絶えなかった。

ある日、友達と当時住んでいたマンション近くで遊んでいた。

すると、夫婦喧嘩の声がマンションのどこかきら聞こえてきた。

すぐに分かった。私の両親の声だ。

友達が「凄い喧嘩してるね笑」と言った。

私は「うちの両親だよ。」とは間違っても言えなかった。恥ずかしすぎた。

「そうだね。」しか言えなかった。

そんな友達はこの間の土日に、家族と旅行に行ったらしい。楽しかったそうだ。

徐々に気づいた。
うちは他の家族と違っておかしいと。



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