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どうして日本人は、他の人にも同じ苦労を求めるのだろう

日本で看護師として働いている時に先輩達に言われた、私たちの時はもっと大変だった、あなたたちは楽でいいわね、という言葉。

ただ事実をのべてるだけなら気にはしないのですが、そこに、自分達がしてきた苦労を私達もするべきだという気持ちが入っているのを、言葉の端々に感じていました。

これが昔から腑に落ちませんでした。楽になるのがどうしていけないのか。

昔は昔、今は今です。

効率的にやれることが増え、空いた時間を他のことに使えるなんて、良いことに決まってます。

これが日本の中だけかと思いきや、カナダに出てきてもこう思う人がいるのです。

例えばカナダの看護師免許の取得。

わたしがオンタリオ州で資格を取った時は、必ずカレッジに行かなければなりませんでしたが、現在はコロナ禍の看護師不足から、カレッジにいかなくても看護師資格が取れます。

情報を駆使し、正看護師になるための国家試験を早めに受けることで、カナダに来る前からカナダの看護師資格を取ることもできます。

こういう状況をみて私が思うのは、私がした苦労を次の人がしなくなって良かったということ。

私がカレッジに行った当時は情報が限られていて、私と同じ方法で看護師資格を取った日本人も探せず、全く手探りの状況でした。
ESLにも時間とお金を費やしたし、情報がないことで損したなと思ったことも。
ただそれはそれ、今は今です。

現在はカナダで看護師になりたい人達のグループができ、情報交換がされ、効率的に資格を取るためにかなり便利になってきたと思います。

個人的に思っているのは、目的のためにショートカットできることはショートカットすればいいし、前の人達の経験や情報を糧にして短い時間でゴールに近づけるなんて、素晴らしいじゃないかということ。

最近の変化、資格を取るために時間をかけなくてよくなったり、資格取得の条件がゆるくなったりしたことに対して、自分はあれだけ苦労したのに今の人はずるいとか、同じ苦労をすべきと考える人がいるのは、私のなかでは驚きでした。

こういう人達がもしグループのなかにいると、次の人達が萎縮したり質問しにくくなったり、良いことは全くありません。

カナダの同僚達をみていると、自分は自分、他人は他人という考えがあるからか、自分はこんなにやってきたのにあの人は…という同僚にも先輩にも会ったことがなく、日本人に多いのかなと勝手に思っています。

自分と他人は分けて考え、次の世代の人達が目的を達成できるように、気持ちよくサポートしていけるといいですよね。





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