見出し画像

SNS時代の選手とファンの新しい関係―ラグビー選手初の選手個人ファンクラブ 「トモラボ」

2021年2月20日、いよいよジャパンラグビートップリーグ2021が開幕した。約1年ぶりのトップリーグだ。

2020年は新型コロナウイルス感染を避けるように、人々は直接のつながりを分断された。ラグビーでも開催されていたトップリーグ2020が途中で中止になった。また、その後予定されていたファンとの交流や各種イベントが、軒並み中止やオンライン開催となった。

選手とファンが分断される中、一人のラグビー選手が自らファンクラブを立ち上げた。なぜ今ファンクラブを立ち上げたのか?ラグビー界初の「選手が運営する」「選手個人の」ファンクラブを取材した。

誰もやっていないことをやりたかった

オンラインで交流するファンクラブ『岸岡智樹のラグビーラボ(通称:トモラボ)』を運営するのはジャパンラグビートップリーグ・クボタスピアーズに所属する岸岡智樹選手だ。

画像1

10歳からラグビーを始め、東海大学付属仰星高等学校3年生の時には高校ラグビー全国大会で優勝。その後進学した早稲田大学でも早稲田大学ラグビー蹴球部に所属、一年生からレギュラーとして試合に出場する。大学4年生時には全国大学ラグビーフットボール選手権大会で優勝する。2020年4月に株式会社クボタに入社、同時に日本ラグビーの最高峰リーグであるジャパンラグビートップリーグに所属するクボタスピアーズに入団した。

岸岡の最大の武器は「頭脳」。子どもの頃から数学が得意、高校時代は成績がオール5、大学は私立大学理系の最難関の1つと言われる早稲田大学教育学部数学科をラグビーと二足の草鞋を履きながら卒業する秀才。ラグビーのフィールドにおいて、その明晰な頭脳はスタンドオフという司令塔のポジションで遺憾なく発揮される。

また、ラグビーのプレーや戦略をわかりやすい言葉で説明する。ラグビーに関する質問にわかりやすく回答するSNSには、敵チーム選手・スタッフにもフォロアーがいる。さらに2019年7月、大学4年時にnoteでブログを開始する。わかりやすいプレー解説、ラグビーに対する基本的な考え方がラグビープレーヤーの助けになっている。

また飾らないラグビー選手の裏側を書いたブログは初心者~べテランまで広く好評をよび、現在では6,000人以上にフォローされている。

会社員アスリートスタートと同時にファンクラブを開始

大学4年時に始めたnote。続けて間もなくの頃、自分が届けたいことが届けたい人に届かないもどかしさ、届く必要がない人に届くことのデメリットを感じた。

本当に届けたい人に、僕が伝えたい情報を届ける

その手段として考え抜いた結果が、会員制のファンクラブだった。

ラグビーチームや選手を応援するファンクラブと言えば、各チームがチームのファンクラブを運営している。これまでにラグビー選手個人のファンクラブの前例はなく、自分で考えて立ち上げるしかなかった。

ファンクラブが立ち上がったのは2020年4月13日。同年1月から岸岡のサポートをしていた馬場悠人さんとともに、ファンクラブの検討を進めた。株式会社クボタに入社するとすぐにファンクラブの設立を会社に相談した。

(会社には)今まで相談したことでノーと言われたことがない。
“こうすればできる”“ここに注意して”のアドバイスをくれる。
(岸岡)

クボタの企業としての寛容さは岸岡の挑戦を後押しした。最後まで検討したのは使用するツールだ。月額課金機能+グループ機能を実現するツールの組み合わせから、検討の末、既に利用していて慣れているnoteのサークル機能を中心に利用することを決めた。グループ機能は、SNSアカウントを持っていない人でも入れるようにと、コミュニケーションツールはメールアカウントで登録できるslackを掲示板として採用した。「後から修正すればいいと思い、とにかく勢いを大事にした」という岸岡と馬場は、発案から約3か月、2020年4月13日にオンラインファンクラブ『岸岡智樹のラグビーラボ(通称・トモラボ)』を立ち上げた。

立上当初は、プレーヤー用と一般のファン用2つのプランでスタートした。直後から相談されていた「学割料金が欲しい」という高校生以下の入会希望者の要望に応え、2020年5月からは高校生以下のラグビープレーヤーを対象とした“Under18プラン(通称・学生チャンネル)”を追加した。

画像8

立上時の内容にこだわらない柔軟さとスピードがトモラボ運営の特徴だ。今でも試行錯誤や変更を繰り返しながら運営を続けている。

「自由」と「笑顔」の広がるコミュニティ

トモラボの交流の中心はSlackというツールを使った掲示板での活動だ。岸岡がほぼ毎日投稿する他、メンバー間での「おはよう」の挨拶からラグビーに関する情報まで様々な交流がある。

さらに、月に1回程度行われる全体でのオンラインミーティングでは、小学生~60代まで、日常生活では交流する機会がない人達が”ラグビー”を共通の話題として盛り上がる。

普段は接することがない高校生や大人と会話をすることで、いろんな考え方を学べた。自分はラグビーが好きだからやっているが、高校生から”応援してくれる人のためにラグビーをする“という話を聞いて、両親をはじめ応援してくれる人がいてラグビーができるんだと感謝するようになった。
(遼太郎さん・中学1年生) 

学生が大人から学ぶこともあれば、大人も学ぶことが多い。また大人にとっては、近所やちょっと離れた親戚の子どもを見つめるような目で暖かく見守っている。

トモラボに参加する高校生が花園(第100回全国高等学校ラグビー大会)に出場することが、自分が花園を見る楽しみになっている
(田中さん・50代男性)

画像7

岸岡とメンバー、メンバー同士の交流によって、それぞれに新しい世界が広がる機会となっている。

個性豊かなサークル活動

全体でのミーティングのほか、プラン毎の活動やプランを横断したサークル活動を行っている。

例えば小学生~高校生までのラグビープレーヤー約10名が参加する学生チャンネル。学校の部活やクラブチームでの活動が止まっている中でもラグビーが上手くなりたいと向上心のある学生が集まっている。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、チーム練習ができなくなった。自宅にいるときに少しでもレベルアップしようと思い入った。
(健斗さん・高校三年生) 

活動はオンラインミーティングや掲示板のほか、Instagramを使って動画の共有し、実際のプレーを見ながら議論・相談することもある。

自分がタックルの相談をしたら、みんながアドバイスをくれた。タックルの動画を送ってくれた人もいる。自分は高校に入ってラグビーを始めたが、同じ部活の人に、“高校入学前からやっていたかと思った”と言われるほどラグビー知識が身についている。
(たくみさん・高校一年生) 
パスをするときの指のかけ方、ボールを離すタイミングなど、岸岡さんからのアドバイスが具体的で的確で、その通りにやると感じるボールの重みの違いなど自分でもわかるほど変化する。
(龍之介さん・高校三年生)。

日本ラグビー界の最高峰ジャパンラグビートップリーグに所属する選手から直接指導を受けることができる特別な場所になっている。

メンバーが所属するプラン別の活動以外に、プラン横断のプロジェクトも進行している。その1つがサークル内の栄養士資格を持つメンバーを中心にした“トモラボ栄養講習会(通称・栄養チャンネル)”だ。

画像3

始めるきっかけは、岸岡が学生チャンネル向けに栄養の話をしようと思ったことだが、トモラボには家族の食を担う主婦も参加しており、広く何かをできないかを考えた。「学生以外に広げるのであれば、自分がこれまでやってきた知識を伝えるだけではできない」と、栄養士の資格を持つメンバーを巻き込んだ。

毎朝、食事に関する投稿がされるほか、主に現役プレーヤー向けに「摂取エネルギー計算」や増量/減量のための「食材によるカロリーコントロール」など体を作るために必要な情報を、栄養士が発信している。また、学生メンバーの食事への質問などにも丁寧に答える。

画像4

栄養チャンネルによって知識をつけたメンバーのメリットは大きいが、それ以外にも情報を提供するメンバーへの好影響もある。

(栄養チャンネルに栄養士として関わることで)大学卒業以来、あらためて栄養を勉強している。栄養チャンネルをやることで、生活が充実している。
(まりえさん・20代女性)

ファンコミュニティでの活動は、メンバーそれぞれの変化をもたらしながら、拡大している。

ファンクラブを支える絶対的サポーターの存在

会員数40名、全体+3つのプランの4つのチャンネルを有するトモラボを運営するのは何かと手間は多い。「何かするときに、しっかりフォローをしてくれる」(まりえさん) と会員が満足する運営のカギを握るのは、岸岡とともにトモラボを運営する馬場の存在だ。

画像5

平日は会社勤めをする馬場は、仕事の合間を縫って岸岡と共同でトモラボを運営する。岸岡が「馬場さんに相談できないことはない。」と絶対の信頼を置くパートナーだ。一方の馬場も「トモ(岸岡)は、どんな行動も理由があると分かっていると思っているから、大丈夫。」と安心してサポートをしている。

自身も高校生まで競泳選手だった馬場は、自分ができることでアスリートをサポートしたいと考えて活動する中で、岸岡のnoteに出会った。これまでのアスリートがしてこなかった発信をする岸岡選手をサポートしたい想いからSNSでダイレクトメッセージを送ったのが始まりだった。岸岡さんが利用するnoteと岸岡のコラボレーションの設定、ニュージーランド留学をサポートする中で、「どちらから言い出したわけではないが、会話をしていく自然と一緒にやる流れになった」とトモラボの立上~運営に入った。

出会って1ヶ月も経たないうちに寝食を共に過ごしても苦にならないという奇跡的な組み合わせの二人は、トモラボの運営も「これまでふたりで明確に役割分担をしたことはない。“これやる”とお互いに声を掛け合っている。」と息の合った連携をしている。

トモから連絡が来ない日は連絡がないことに気がつくほど、連絡が来なかった日は数えるほど。(馬場)

というほどLINEを使って密にやりとりをする。文字でのコミュニケーションではすれ違いが起きそうだが「LINEとは思えないほど長く書く」「一言一言では理解が異なっていることもあるが、気が付いたらすぐに言い直す」ことで回避する。その丁寧さとスピード感も二人のペースが合致する。

画像6

トモラボ内での馬場は、居心地のよい場所を作ることを心掛けている。
新規入会者には真っ先にダイレクトメールで挨拶をし、緊張をほぐす。また、掲示板で会員が困っていそうな様子を目にするとすぐに動く。「連絡くれる人は限られていますが、それでも相談の内容は全く違う (笑)。」と笑いながら個別の問い合わせに対しても1つ1つ丁寧に対応する。

自分でも「極度の人見知り」という岸岡は、ともすれば近寄りがたい印象を与えることもある。だからこそ、馬場はパートナーとしてあえて柔らかい雰囲気を作っている。

会社員との二足の草鞋を履く馬場のトモラボへのモチベーションは「トモの良さをもっと知ってほしい。」ことだという。

トモは、“土俵に立つ勇気がある人(新しいこと、リスクがあることに恐れず挑戦する人)”。トモは面白いと思ったら、中途半端ではなく徹底的にやる。新しいことをやるので、“変わってるな”“何をやっているんだ”と嫌煙する人もいると思う。もしも(岸岡に)何かあった時のためにも、トモのいいところを知ってもらって、トモの味方やサポーターが多くいてほしい。
(馬場)

「心理的安全性」がファンクラブをファンコミュニティに変えた

トモラボには「自由」「笑顔」の2つのモットーがある。

メンバーがサークル内で何かをしようとすることは常に歓迎される。新しいことを始めるメンバーに対して、応援するメンバーが支援を申し出る。プラスの連鎖が起きるのは組織の“心理的安全性”が確保されているからだ。

こんなこと言ったら… と躊躇することがない。
一応トモラボなので岸岡さんと馬場さんに許可を取ろうと提案するが、提案の時から「絶対にOKだろう」と思って、OKをもらう前から次の行動を考えているくらい。また、提案をすると一緒にやってくれるメンバーが手を上げてくれるので心強い。
メンバーA(40代女性)

今でこそ、会員が自らアイデアを出し行動するファンコミュニティになっているが、開始当初はそうではなかった。岸岡のファンやラグビーに興味がある人が、岸岡から情報を得るために集まり、一方向に情報が流れるのファンクラブのように始まった。

掲示板でメンバーが投稿するのも岸岡への質問など、岸岡に向かっているものがほとんどだった。その中でも、岸岡や馬場を中心に質問を歓迎する、コメントにリアクションするなどの温かいムードを作ることで少しずつ変化を進めて聞いた。

二人で示し合わせたわけではないが、メンバーがコメントを書いたら、👍や😂など必ず必ずリアクションをするようにしている。
(馬場)

岸岡や馬場が温めてきたトモラボの土壌の変化、ファンクラブがファンコミュニティに変化した決定的なイベントがあった。

それは、岸岡の誕生日をサプライズで祝う「岸岡智樹バースデーサプライズイベント」だ。馬場と会員有志が発起人となったイベントは、岸岡以外の馬場+会員だけが参加する掲示板を作成し、プレゼントと寄せ書きを募った。岸岡が主催したのオンラインミーティングでサプライズのお祝いをし、プレゼントを贈った。

画像7

サプライズにはビックリ!誰が?いつから?何で気が付かなかったのか? と考えを巡らせたが、何もわからなかった。トモラボに僕だけが入っていないチャンネルがあるなんて思いもしなかった。
(岸岡)

主宰者である岸岡不在のイベントを成功させたことで、メンバーに「自由」が浸透した。それは岸岡が目指したファンクラブ=ファンコミュニティの形だった。

トモラボは学校のようなもの。僕が先生役で前にいるが、隣の席の人と仲良くするのが学校。僕と参加者、参加者同士、それを巻き込んだ全体があるのが面白い。ファンクラブからファンコミュニティになっている。僕はやっていることは変わらないが、参加している人のアクティブさが変わってきた。
トモラボでは、みんなに自由でいてほしい。何かをやりたいと思っても、手を上げる人は少ない。トモラボに手を上げる人が多いのは、自由な雰囲気があるから。最初は僕、次に馬場さんで、その後に動くメンバーがいた。元をたどれば自分の作りたいものがこのコミュニティに反映されている。
(岸岡)

日本ラグビー界の新しい成功事例になりたい

子どもの頃から負けず嫌いで、「人と違うことをやりたい。」というのがポリシー。それがトップレベルのチームでラグビーをしながら、noteやSNSで発信し、さらに個人ファンクラブを運営する岸岡の原動力の1つだ。

これからやりたいことを「日本ラグビー界の新しい成功事例となる」ことだと岸岡は語る。トップリーグに所属する現役選手であれば、ほぼ全員が言いそうな「日本代表になる」という目標は、岸岡にとっては途中経過だ。

ラグビー日本代表になるのは、めちゃくちゃ高い目標。2023年のワールドカップフランス大会は年齢的にもちょうどいいタイミング。
だが、自分にとっては、自分がなりたいもののホップ・ステップ・ジャンプでいれば、ステップだ。日本代表になるのを目標にしたら、日本代表にはなれない。日本代表になり活躍する、がちょっと先の大きめの目標。目標の先にさらに大きな目標を持てば、途中の目標が自分に近づいてくる。
(岸岡)

岸岡は現在、社会人もトップリーガーも1年目の23歳。
これからどんなラグビー選手の成功事例になるのか。岸岡が新しい成功事例と呼ばれるとき、日本ラグビー界はどうなっているのか。未来が楽しみだ。


【参考】
岸岡智樹のラグビーラボ

クボタスピアーズ公式サイト


(本記事は、株式会社宣伝会議が主催する「編集ライター養成講座」の課題として作成しました。)

サポートはラグビー関係のクラウドファウンディングや寄付に充てます(例:ブラインドラグビーのイングランド遠征)。「いいな」と思ったら、サポートをお願いいたします。