No.045 自転車の旅・岐阜県高山市にて・木村くんとの出会い
No.045 自転車の旅・岐阜県高山市にて・木村くんとの出会い
カウボーイハットをかぶった男が、自転車を止めた。両手は、前後に沢山の荷物をのせた自転車のサドルを支え、右足を大きく回し、自転車を降りた。日に焼けた精悍な顔と四肢は、男が長旅をしていることを伝えてくれた。こちらも同様に、自転車でほんの少し前に岐阜県高山(たかやま)市にあるユースホステルに着き、荷物をおろしているところだった。男と目が合う。彼の口元に、少し微笑みを見た。「こんちわ、自転車だね」軽い口調で、男に挨拶する。「そっちもだね」男が返す。同い年くらいか?
前年の夏、新潟を出て九州福岡への17日の「旅」に続く、大学浪人2年目の「旅」の途中、木村くんとの出会いだった。木村くんは北海道を出発して、日本海方面から岐阜県高山に入ってきた。こちらは東京から木曽、高山から富山、能登半島を一周して、長野、軽井沢、前橋、東京のやはり17日間の「旅」の途中、反対方向から向き合うように進み、岐阜県高山で偶然出会ったわけだ。
高山(たかやま)のユースホステルで、一緒に湯船につかり、夕飯を共にし、同宿の他の何人かと連れ立って古い街並みの残る夜の高山を散歩し、特にお互いのことを詳しく聞くわけでもなく、次の日の朝に何となく連絡先を交換し、反対方向にお互いの背中を見るように別れた。実際にお互いの顔を見て話したのは、2時間に満たなかっただろう。
年賀状のやり取りから始まったのだろうか、旅は道連れの再びの挨拶は。はっきりとは覚えていないが、出会ってから次の年だったろうか、木村くんから北海道のジャガイモとカボチャが沢山送られてきた。美味しかった。嬉しかった。お礼というか、呑兵衛(のんべえ)の木村くんに酒を送った。こちらは大学受験に挫折し、家業の酒屋商売を始めていた。以来、ジャガイモ&カボチャと酒の挨拶が35年間続く。その間、直接会ったことはなく、電話で声を聞いたことも二回ほどだ。お互いの人生の変化、日々の生活は手紙のやり取りだけで知る。
結婚、子どもの誕生、自然との触れ合い・・・木村くん、元気なようだ。こちらは映画や美術が好きで都会大好きである。木村くんは対照的だ。出会った時と変わらず、自然との会話を楽しむ。スキーは、山スキー、プロ級のようだ。小さな息子をおんぶして急斜面を滑り降りた報告に微笑まされる。カヌーでの川下りの写真もカッコ良かった。山登りの様子は、見てるこちらが汗をかいた。おいおい、大丈夫かい〜!釣りも大好きのようだ。最近はフルマラソンにも挑戦している。
連れ合いの由理くんとの最後の旅行となる北海道旅行の道中で、札幌在住の木村くんと会う約束をした。35年ぶりの顔合わせだ。電話でまず声の再会。しんや「お互い年を取ったよね。会っても思い出せないかもね」木村くん「うん、オレも自信ないよ」
会社帰りの木村くんは、上下のスーツにネクタイ姿で登場した。こちらはすぐに木村くんとわかった。自然児の面影もない服装だったが、人生の長旅で培われた雰囲気は、どこからともなく溢れてくるもののようだ。流れた月日の長さは、お互いの頭が、頭髪が語っていた。こちらは大分薄くなっている。スーツ姿の木村くんは、古いたとえになるが、テリー・サバラス演じる刑事コジャックに似ていた。木村くん、すごくカッコ良かったぜ!
翌年、連れ合いの由理くんが亡くなってからは、ジャガイモ&カボチャはメロン&生ハムに変わった。気遣いありがとう。それからも、もう10年を数えたね。人生でお互いの顔を見て話したのは4時間ほどの友よ、大きな刺激をもらっているよ。辛いこともあったようだが、元気でいて欲しい。心より祈る。