No.157 旅はトラブル / オランダ・アムステルダム&イングランド・コッツウォルズ訪問ひとり旅2012(5)アムステルダム / 「アムステルダム国立美術館」訪問
No.157 旅はトラブル / オランダ・アムステルダム&イングランド・コッツウォルズ訪問ひとり旅2012(5)アムステルダム / 「アムステルダム国立美術館」訪問
(No.155 の続きです)
ホテルフロントの斉藤さんを「私設秘書」代わりにして得た情報を元に、この日は徒歩とトラム(路面電車)を利用して、ひとり気ままに、少しは観光地の混み具合なども頭の片隅に置いて、大好きな「ヨーロッパの街歩き」今回はアムステルダム市内を巡る。
ホテル室内の設備の中から選んだ「朝のジャズ」をバックグラウンドミュージックに、街歩きの準備を進める。スラックスの右後ろにはクレジットカードと何枚かの紙幣を入れる。ハーフコートのそれぞれのポケットにも、何度かの街歩きを通して自然と決まった位置にパスポートのコピー、ハンカチ、ホテルで貰った市内案内の地図などを入れていく。ガラケーをマナーモードにしてスラックスの左後ろのポケットに収め、スプラットを左手首に通してデジタルカメラを持つ。バッグは持たない。
ごく近所にちょっと出かけるような格好が「ヨーロッパの街歩き」の僕のスタイルである。たまに、地元の新聞などを買って「観光客」から「海外駐在員」に変装して、有名建築物などに見慣れたような視線を送る。実は「凄い〜!」など声に出したい時もあるのだが、こんなたわいないひとり遊びも楽しい。ローマ、パリなどで、日本人のみならず白人男性にも道を聞かれた事が数回にわたり、マジックが趣味ゆえの悪い癖か、密かな自慢話にしている。
中心地からやや離れた場所に位置するホテルオークラの回転扉から外に出ると、昨日の到着時に僕のトラベルケースを運んでくれた体格のいい男性が「Do you need a taxi? タクシーはお入り様ですか?」と聞いてくる。「No, thank you. I’ll walk. いいえ、結構です。歩きますので」と返答すると、ニッコリと「Have a nice day. いい一日を」と、お決まりの文句ながら、どこかに温かさを感じ、こちらも頬を緩ませる。
昨夜の豪雨の印の様な水溜りを避けて通りに出ると、ホテルオークラの高層ビルの後ろに隠れていた太陽の光が眩しく僕の顔を照らす。何度か道を曲がるたびに、角の建物の特徴や看板の文字を何となく覚える。道に迷ったときの用心として、ホテルの位置を確認しながら、市内の中心地ダム広場に向かう。
この時には改装中だった「アムステルダム 国立美術館」が、ダム広場の近くにあり、開館時間の9時ちょうどに到着した。人気のある美術館や入場時間のある観光施設などで混雑を避けるため、入場する時を開館直後か閉館1時間くらい前に訪れることが多い。この日は改装中だった事もあるためか、行列に並ぶ事もなく「特別展示室」に入ることができた。
ヨーロッパの美術館の多くが持つ建物自体の豪華さ、訪れるものを圧倒する室内装飾などは、改装中ゆえに味わうことは叶わなかったが「アムステルダム国立美術館」の珠玉の所蔵絵画群は僕を大いに楽しませてくれた。
開館直後だったが、レンブラントの代表作「夜警」の前は結構な人が取り巻いていた。本などで何度も見てはいたが、「夜警」は絵の前に立ち、その大きさ・迫力を肌で感じて初めて「凄い絵」だと気付いた。この絵の中にレンブラント自身が描かれているのは知識として持っていて、絵を見ている人の背中越しから「夜警」たちの一人にレンブラントの分身を見つけた時は、この小さな喜びを話しかける人が隣に欲しいとの想いに駆られた。
「国立美術館」は4点のフェルメール作品を所蔵している。フェルメールの代表作の一点「牛乳を注ぐ女」、出産目前と思われる女性が室内で手紙を読んでいる絵画「青衣の女」、盗難に会い切り裂かれた経緯を持つ作品「恋文」、一軒の家の一部を右側に配置した独特の構図を持つ「小路」である。
日本に来たときに鑑賞していた「恋文」と未見の「小路」の2点は、この時貸し出し中だった。僕が初めてフェルメールの名前を知ったのは、中学生の時だったか、朝日新聞日曜版に連載されていた「世界名画の旅」で紹介されていた「牛乳を注ぐ女」の記事の中だった。この連載は、僕に「美術」の世界を教えてくれた一つで、日曜日が待ち遠しかった記憶が鮮やかに残る。
生涯に一度は触れたい絵画の一点「牛乳を注ぐ女」は静かに小さく、改装中の建物の壁に掛けられていて、たった一人僕だけがこの名画の前に立つと、牛乳の香りが漂ってくる感覚に襲われ、注がれた牛乳の一滴の音が聞こえてきそうだった。
縦横40cmほどの絵の左側に壁にぶら下げられた大きめな籠が描かれ、中に作物か何かが入っているのか、その重さが伝わる。右下に置かれているのは何なのだろうか。小さな箱のような、当時の農作業で使うものなのか。「大きな」籠と「小さな」箱のようなものとの「大きさのバランス」が絶妙だ。絵画史上のこの傑作は、質素な色合いの茶色の二重の額縁に支えられている。
眼前のこのふくよかな「牛乳を注ぐ女」に魅せられた多くの人が世界中から会いに来るだろうが、今は僕一人のためにその濃厚な牛乳を注いでくれているのだと勝手な想像を巡らしながら、次の訪問者が着くまでの幸運な時間を楽しむ。
「牛乳を注ぐ女」と対照的な装飾が施された額縁に彩られた「青衣の女」も、この当時高価でありフェルメール絵画の特徴の「青色・ブルー」が際立つ作品だ。女性の着ている服の明るい青と、室内の二脚の椅子の暗い青の微妙な対比が美しい。
お目当ての一点ゴッホの「自画像」も貸し出し中だったが、ヤン・ステーンやフランス・ハルスなどの17世紀の画家たちの作品を楽しんで、ガラケーで時間を見ると10時を大きく回っていた。美術館にもよるが、フラッシュをしなければ撮影可能なところも多く、ここ「アムステルダム 国立美術館」でも大丈夫だったので「夜警」やフェルメールの作品をデジタルカメラで撮った写真が手元に残る。
美術館内の椅子に腰を下ろして休息を取ると、館内の人の数が増えてきていることに気づく。早めに足を運んで正解だったかなと思いつつも、この日訪れる予定のもう一つ「ゴッホ美術館」の混み具合がどの程度なのか気になった。
・・・続く